2025年11月1日、米政権は中・大型トラックに対して25%の追加関税を発表しました。
日本から輸入される車両は、既存の25%と合わせて合計50%。
バスについては2% → 12%へと引き上げられます。
数字の大きさに目を奪われがちですが、物流という“基盤領域”をめぐる力関係の調整という意味が大きいです。
安全保障を理由にした関税強化の流れは、すでに数年前から続いていました。
今回の対象が「中・大型トラック」だったことにも理由があります。
ここは単なるモノの取引ではなく、アメリカにとって国の物流と産業を支える“根っこ”の領域だからです。
私たちは、ニュースに振り回される必要はありません。
ただし、背景の構造だけは見ておく価値がある。
この記事では、その「構造」を静かに整理していきます。
【1】今回の発表の「事実」を整理する

今回のニュースはまず“いつ・何が・どの制度で”変わったかを整理しないと、影響の見誤りが起きます。
ここが曖昧なままだと、影響の大きさや背景を見誤ってしまうからです。
1-1. いつ・どの通商ルールで発動されたのか
今回の追加関税は、2025年11月1日に米政権が発表したものです。
根拠となったのは、通商拡大法232条。
これは「安全保障上のリスクがあると判断した製品に、関税などの措置を行える」仕組みです。
つまり今回は、
「外国製トラックやバスが増えると、国の物流と産業基盤に影響する」
と判断したうえで発動された、という位置付けです。
「貿易交渉」というより、
安全保障の文脈での対応だったと言えます。
1-2. 中・大型トラック・バスの税率はどう変わるのか
日本からアメリカへ輸入される車両は、次のように変わります。
- 中・大型トラック
既存の関税25%
+ 追加関税25%
→ 合計50% - バス
既存の関税2%
+ 追加関税10%
→ 合計12%
数値としては、特にトラックの50%が目を引きます。
購入価格がそのまま倍になる、というわけではありませんが、
「選ばれにくくなる」負担増であることは確かです。
1-3. なぜ「日本への影響が大きい」と言われているのか
アメリカの中型・大型商用車市場では、
日本メーカー(いすゞ・日野など)が一定の存在感を持っています。
台数は乗用車ほど大きくありませんが、
- 配送業者
- 小売チェーン
- 自治体の輸送インフラ
といった 日常の物流を支える現場で使われている比率が高いのが特徴です。
そのため、関税が上がった場合に影響するのは、
「日本車がいくらで買えるか」だけでなく、
アメリカの物流そのものの現場運用にも関わります。
だからこそ、今回の発表は、
単なる「関税のニュース」ではなく、
市場のパワーバランス全体が揺らぐ節目として扱われています。
【2】なぜ“中・大型トラック”が対象になったのか

今回の関税は、「たまたまこの車種だった」のではありません。
アメリカが今まさに押さえたい“産業の基盤領域”に、狙いが向いています。
その核心にあるのは 「物流」と「製造拠点」 です。
2-1. アメリカにとって「物流」は“安全保障”そのもの
アメリカは国土が広いため、
小売・政府・軍需・エネルギーの運用は トラック輸送が背骨になっています。
そのため、
「どの国のトラックが国内インフラを支配するか」
は、単なる商売ではなく 国家運営の問題です。
日本製トラックは、燃費と信頼性で都市配送の現場に深く入り込んでいました。
つまりアメリカにとっては、「日常インフラの要が外国に寄っている」という構造が生まれていた、ということです。
ここに「安全保障上のリスク」という名目が乗りやすい土壌がありました。
2-2. そしてこれは「乗用車」交渉の“地ならし”
アメリカは今、
日本メーカーの強い領域(ハイブリッド・小型車)へも関税カードを使おうとしている、
という見立てが有力です。
しかし、いきなり乗用車に関税をかけると、
- 消費者の反発
- 米国内で日本車を組み立てる工場への影響
が一気に跳ね上がります。
そこで今回は、影響が読める中・大型商用車で“前例”を作った と考えると、筋が通ります。
つまり今回の措置は、
「乗用車は交渉次第でどうとでも動く」
その交渉力の“根拠”を先に作った
という “布石” と見ておく必要があります。
232条の対象拡大の流れ・大統領発信の予告・11/1発動というタイムラインからの政策一貫性を踏まえた見立てです。
2-3. だから「価格の話だけ」をすると読み違える
関税引き上げと聞くと、
「値段が上がる → 売れなくなる → 困る」
という“物価の話”に思いがちです。
しかし今回は違います。
関税というより、
「どの国が市場のルールを決めるか」
をめぐる ポジション争い です。
中・大型トラックはその 入り口の駒 でした。
【3】影響は「価格」より「市場ポジション」に現れる

今回の関税は、単に「コストが上がる」だけではありません。
もっと静かに、しかし長く効く “立ち位置の変化” を生みます。
3-1. 日本メーカーは、そもそも「量」では勝っていない
まず事実から確認します。
アメリカで売られている中・大型トラック市場では、
- ケンワース
- ピータービルト
- フレイトライナー
- マック
など、アメリカ国内メーカーが圧倒的多数です。
日本メーカーは、
- いすゞ
- 日野
- 三菱ふそう(現ダイムラー傘下)
などが参入していますが、
シェア自体は決して大きくありません。
つまり、今回の関税は
「日本メーカーの売上を大きく削り取る」
ことを目的にしたものではない
と言えます。
では、なぜわざわざ中・大型トラックだったのか?
3-2. 狙われたのは「“どこに強いか”という立ち位置」
日本メーカーの強さは、台数ではなく 現場の信頼です。
- 都市配送で止まらない
- ルートの細かい曲がりにも対応できる
- 燃費が安定している
こうした「毎日の足場」を支える力が、
物流会社・市街地の配送網で評価されていました。
これはアメリカからすると、
“市場の中心にじんわりと入り込んでいる” 状況です。
関税は、その侵食速度を 遅らせるための摩擦 として機能します。
3-3. 失うのは“価格競争力”ではなく“存在理由”
関税で価格が上がると、「日本車を選ぶ理由」から削れていきます。
その結果は派手ではなく、更新サイクルの場面で現れます。
“次は国産でもいいか” が増えていきます。
小さな変化が積み重なると、市場の“当たり前”がゆっくり書き換わっていきます。
【4】今回の措置は「乗用車関税交渉」の前哨戦である

今回の中・大型トラックとバスへの追加関税は、単体で見ると「なぜここ?」という印象が残ります。
けれど、より大きな文脈の中では、これは “本丸の交渉” の前段階 と受け取るべきものです。
本丸とは、言うまでもなく 乗用車関税。
4-1. 乗用車だけは「簡単に触れられない」
アメリカにとって乗用車産業は、
「雇用」と「地域経済」と「選挙基盤」が結びついた、きわめてデリケートな領域です。
だから、ここに直接手を入れると、
国内側の反発も説明も、非常にややこしくなる。
そのため、いきなり正面からは行かない。
まずは、影響が限定的な領域 から揺らす。
中・大型トラックとバスが選ばれたのは、そういう“順番”の問題でもあります。
4-2. 「日本はどこまで飲むのか」を見ている
今回のポイントは、上げられた数字そのものよりも 日本側の反応 です。
- どのトーンで抗議するのか
- 政府と企業はどれだけロビーに動くのか
- 世論はどれだけ「痛み」を感じるのか
それらは、のちの交渉にとって “相手の呼吸” を計る材料 になります。
今回は、交渉に入る前の呼吸の測定です。
静かに飲めば「もっと行ける」と読まれる。
強く返せば「このラインは踏み越えにくい」と認識される。
外交はいつも、数字より先に 力のかかり方 が決まります。
4-3. 「価格の話」ではなく、「立ち位置の話」
今回変わるのは価格ではなく、日本が「交渉でどう扱われる相手か」という初期設定です。
ここが弱くなると、乗用車の交渉は最初から不利になります。
だからこそ、このニュースは “値段が上がるかどうか” の話だけで終わらせてはいけない。
これは「これからの交渉力」を決める、小さな一手。
そう受け取る必要があります。
【5】日本企業は何を変える必要があるのか

今回の関税で、日本企業が「すぐに売れなくなる」わけではありません。
中・大型トラックは、もともと 現地生産や合弁生産が主流 で、
アメリカ市場での日本車の存在感も大きくはありません。
ただし、問題は“今は大丈夫”かではありません。
「このままの立ち位置で、5年後・10年後も生き残れるか」
そこに目を向けなければなりません。
5-1. 「同じ分野での正面勝負」をやめる
アメリカの商用車は、
「大排気量 × 長距離 × 荷を引く力」 が基準になっています。
日本型の
「小さめで、小回りがきき、燃費がいい」
という強みは、そこで真っ向勝負しても、評価軸が噛み合いません。
同じ土俵に立つのではなく、
土俵の形そのものをずらしていく 必要があります。
たとえば、
- 都市配送・近距離物流の EV小型商用
- 最適ルート自動化による 配送効率 × ソフトウェア
- フリート管理(車両群の最適運用)における 運行データの可視化
「車そのもの」ではなく、
車を取り巻く仕組み・運用・省人化 で勝てる領域です。
5-2. 「ブランドの語り方」を変える
アメリカの商用車市場では、
“ブランドの強さ” は スペックの差より効きます。
- 誰が使っているか
- どんな現場に合うと考えられているか
- 何の文脈で語られているか
これは単なる広告ではなく、
「社会の中で、その製品がどんな役割を持つか」 の話です。
たとえば、
「このトラックは“都市の物流を止めないためのインフラです”」
という語り方は、
燃費や価格だけを競うよりも、はるかに強い。
日本企業は、
“機能説明” から “役割の物語” へ 視点を移す必要があります。
5-3. 「静かに準備しておく」という選択
今回の関税は、
アメリカ側が 交渉の呼吸を試している段階 です。
今は、慌てて動くべき時ではなく、
- 現地でのサプライチェーンの再点検
- EVシフトにおける適正セグメントの見直し
- データサービス領域の自社ポジションの整理
を「静かに」進めるタイミングです。
外交の波は、大きいほど、
対処より“姿勢”が試される ことが多い。
日本企業は、焦らず、しかし待たず。
ちいさな設計変更を、今のうちに始めることがいちばん効きます。
【6】まとめ:ニュースの揺れに飲まれない視点
今回の追加関税のニュースは、数字が大きく、
「日本の産業に大打撃では?」と受け止められがちです。
けれど、事実を整理してみると、
- 対象は 中・大型トラックとバス
- 日本からアメリカへの 直接輸出は多くない
- ただし “今後の交渉” の地ならしとして意味が大きい
という構造が見えてきます。
つまり、今回見ておくべきは
「目先の損得」ではなく「力関係の再調整」 です。
アメリカは、
乗用車・EV・電池・半導体など、複数の分野で、
自国生産を軸にした再編を進めている だけです。
その流れの中で、日本は、
同じラインで競り合うよりも、
「どこで存在価値を発揮するか」を選び直す段階 に来ています。
ニュースは揺れますが、未来を変えるのは冷静な判断です。
関税は「関係の温度計」。冷えたなら、あたため直せばいい。
ただし、媚びる必要はありません。
日本ができることは、いつも同じです。
- 自分の強みがどこにあるかを見失わない
- 勝つ土俵を、自分から選んでいく
- 大声より、積み上げられる形で示す
ゆっくりでいい。
止まらず考え続ける。その姿勢が、いちばん強い。
編集後記
今回のニュースは、私たちを驚かせました。
「また何か始まったの?」と心が落ち着かなくなること、ありますよね。
でも、今回の関税も、突然の雷のような出来事ではなく、
ゆっくりと積み重なってきた“流れ”の延長にあります。
だからこそ、慌てなくて大丈夫です。
深呼吸して、少しだけ視野を広げてみる。
それだけで、見える風景が変わることもあります。
そしてもし、未来にうっすら不安があるなら、
それは「ちゃんと考えようとしている」サインです。
不安は悪いものではありません。
次を考えるための、小さな灯りです。
編集方針
- 話題に流されず、構造で理解する姿勢を再定義する。
- 追加関税を「対立」ではなく「交渉の布石」として示す。
- 読者が自分の言葉で状況を説明できる理解を目的とする。
- 数字・制度・市場構造の因果を重視する。
- 可能性と選択肢を提示し、判断の軸を渡す。
参考・参照情報
Japan Exports of Motor Cars and Vehicles for Transporting Persons to the United States
https://tradingeconomics.com/japan/exports/united-states/motor-cars-vehicles-transporting-persons
貿易統計(財務省) / Trade Statistics of Japan
https://www.customs.go.jp/toukei/info/index_e.htm


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