スーパーで並ぶ米や野菜を手に取るとき、その向こうにある時間を思うことはあまりないかもしれません。
畑に立っているのは、農業だけで暮らす人より、平日は会社で働き、休日に土を触る人たちです。
そうした営みが、日本の農業を長く支えてきたのだと思います。
けれど、その形は今、限界に近づいています。
時間が足りない。人も減り、収入も追いつかない。
「続けられるけれど、生活は苦しくなる」。そんな声を聞くことが増えました。
背景には、国の農政が「農地を守ること」を最優先にしてきた流れがあります。
土地は残りました。でも、農業が“職業”として成り立つ仕組みは、まだ育ちきっていません。
この記事では、兼業農家という日本の農業の“土台”を見つめ直していきます。
彼らの努力がどんなふうに国を支え、そしてどんな課題を抱えてきたのか。
これからの農業をどう続けていけるのか、一緒に考えていければと思います。
【1】兼業農家とは何か:日本の農業は副業で支えられている

少し意外に感じるかもしれませんが、日本の農家の多くは、農業一本で暮らしているわけではありません。
朝は会社に向かい、夕方に帰ってから田んぼを見に行く。
土日は家族で買い物ではなく、草刈りや水の見回りに出る。
そんな日常を、普通に続けている人がたくさんいます。
私たちが「農家さん」と聞いて思い浮かべる生活は、実際の姿と少し違います。
働く時間の軸が二つある。
ひとつは、会社の勤務時間という都市のリズム。
もうひとつは、季節と天気で動く農村のリズム。
その二つを行き来しながら暮らす人たちが、日本の農業を支えています。
ここではまず、「兼業農家」という言葉を整理してみます。
感情ではなく、仕組みの言葉として。
1-1. 兼業農家の定義と二つのかたち
統計上、兼業農家は大きく二つに分かれています。
第一種兼業農家:農業収入も一定あり、農業が家計の柱のひとつになっている世帯。
第二種兼業農家:農業は家を継ぐ・土地を守る役割が中心で、家計の中心は会社員などの給与所得にある世帯。
どちらも「農業で生きている」点に変わりはありません。
ただ、農業が生活の中心か、それとも“支える柱のひとつ”なのか。
その比重が違うだけです。
1-2. 日本の農業の主流は兼業
ニュースでは「農業の後継者不足」という言葉をよく耳にします。
けれどその背景には、すでに兼業で続ける農業が当たり前になっている現実があります。
それは、農業一本で暮らすことが難しいからだけではありません。
長いあいだ国の政策が、“兼業を前提に地域と農地を維持する”という方向で進められてきたからです。
つまり、兼業は例外ではなく、標準の形。
これが日本の農業を理解するうえで欠かせない前提になっています。
1-3. 「会社員+農業」という二重生活
兼業農家の暮らしは、二つの時計で動きます。
会社の始業時間と、日の出の時間。
どちらもずらせない。
朝はまだ暗いうちに家を出て出勤し、夕方に戻ったら畑へ。
季節によっては、夜でもヘッドライトをつけて作業を続ける人もいます。
「農家は自由な仕事」という言葉からは、かなり遠い生活かもしれません。
それでも続ける理由がある。
家を継ぐ責任や、土地を守るという思い。
誰に頼まれたわけでもないけれど、その感覚が体に染みついている人が多いです。
1-4. 都市近郊にも広がる兼業
兼業農家というと「田舎の話」に思えるかもしれません。
けれど実際には、都市の周辺にもたくさんいます。
住宅地のなかにぽつんと残る小さな田んぼ。
そこもまた、誰かの暮らしの一部です。
土地を手放すことは、家族の歴史を手放すことにもつながる。
だから、たとえ収入の中心が会社でも、「続ける」という選択が積み重ねられてきました。
兼業農家は、やむを得ずそうなったわけではありません。
むしろ、そうやって支え合うことで農業は生き延びてきた。
けれど、その形のままでは、維持するのが難しくなってきています。
【2】兼業農家が増えた背景:政策と時代が作った二重構造

日本の農業は、最初から「兼業が前提」だったわけではありません。
では、なぜそれが“当たり前の形”になったのか。
ここでは、時代と政策の流れから、その構造を追ってみます。
結論を先に言えば、国は長いあいだ、「農業を強くする」よりも「農地を残す」ことを優先してきたということです。
農業を「生産の仕事」としてではなく、「土地を守る役割」として続ける道を選んだ。
その結果、兼業という形が社会の標準になっていきました。
2-1. 高度経済成長期に生まれた「農地は守るが、農業では食えない」構造
<1950〜70年代>
都市と工場が急速に広がり、人々の働く場所が変わっていきました。
当時、国がいちばん恐れたのは「農地が消えてしまうこと」でした。
一度住宅や工場に変わった田畑は、もう戻らない。
水を貯め、雨を受け止め、洪水を防ぐ。
そんな“国土の機能”まで失われてしまう。
そこで国は考えました。
農地は守りたい。でも、農業だけでは暮らせない。
ならば、会社で働きながら農地を保有できる仕組みにすればいい。
こうして、農業は「土地を維持する方法」へと役割を変えていったのです。
働く場所と暮らす土地が分かれ、そのあいだで人々は二重の生活を始めました。
2-2. JA・農地法・共同体がつくった固定構造
農地は、誰でも自由に売買できるわけではありません。
それを決めているのが「農地法」です。
農地法は、生活の足場としての農地を守るためにつくられました。
けれどその仕組みは、同時にこうした副作用も持っていました。
- 農地が市場に出にくい
- 規模拡大が難しい
- 新しく農業を始める人が参入しにくい
結果として、「農地はあるのに、動かない」構造に固定されていきました。
さらにJA(農協)や地域共同体の存在も、この流れを後押ししました。
みんなで助け合う体制をつくることで、土地と人を守る力は強まった。
けれど同時に、「動かさない」仕組みが強化されたとも言えます。
2-3. 減反政策が副業としての農業を定着させた
1970年代に入ると、米が余り始めました。
そこで始まったのが「減反政策」です。
「お米を作りすぎないようにしましょう。その分は国が補助します。」
そんな仕組みでした。
けれどこれは、裏を返せばこういうことです。
「たくさん作って収入を増やす」方向ではなく、「作らずに生活を守る」方向へ、
農家の意識を誘導していった。
結果として、農業で稼ぐより、会社の給与で家計を支えたほうが安定する。
農業は生活の一部として続けるものになった。
兼業は、例外ではなく常態になっていったのです。
2-4. 「兼業を前提とした農政」が続いた理由
ここまでを整理すると、国の政策には一貫した考え方がありました。
- 農地は減らしてはいけない
- でも、農業一本では生活が成り立ちにくい
- だから、給与所得と農地維持をセットで支える
生産性の向上よりも、農地の維持を優先した。
それは決して間違いではありません。
そのおかげで、今も各地に田んぼや水路が残り、風景や生態系も守られています。
けれど、その選択の先にある現実は少し厳しい。
農地は残ったけれど、「農業を本業として強くする力」が育たなかったのです。
兼業が増えたのは、時代の流れというより政策の必然でした。
農業を続ける仕組みを作るために、国はあえて兼業という形を選んだ。
けれどその合理性が、今の農業の停滞を生んでいるのかもしれません。
【3】兼業農家のいま:収入構造と時間配分のリアル

兼業農家の暮らしは、二つの仕事を同時に抱える形で成り立っています。
一つは会社や自営業としての本業。もう一つは、家と土地を守るための農業。
その二つを行き来する生活は、思っているよりも忙しい。
そして、想像以上に余裕がない。
3-1. 家計の中心は給与収入。農業は維持費に近い
農林水産省の統計を見ると、兼業農家の世帯収入の約7〜9割は給与所得から得られています。
つまり、農業からの収入は家計の補助にとどまることが多い。
作付け面積や機械の有無によって差はありますが、
多くの場合、農業の収支は黒字を出さないようにするための努力に近いです。
赤字を出さずに、なんとか続ける。
農業は「稼ぐための仕事」というより、「続けるための仕事」になっているのです。
それでも畑に立つのは、数字を超えた理由があるから。
土地を守りたい、家を絶やしたくない。
そんな感情が、毎年の作業を支えています。
3-2. 季節に追われる時間の構造
兼業農家の生活は、季節によって激しく変わります。
稲作なら、春から秋にかけてが最も忙しい。
- 4〜6月:田植えの準備と田植え
- 6〜8月:草刈りと水管理
- 9〜10月:稲刈りと乾燥・保管
- 11〜3月:作業は少ないが、機械整備や出荷が続く
このリズムの中で、休みはほとんど休みになりません。
会社の休日を作業日にあて、有給を農繁期に使う。
そうして日々をやりくりしている人が多いです。
休日が休息ではなく、別の労働に変わる。
それが兼業農家の現実です。
家族の行事や子どもの時間が調整の連続になることもあります。
「時間のゆとりが欲しい」と言う声には、切実さがあります。
3-3. 肥料・燃料・機械——止まらない固定費
農業には、毎年かかる固定費があります。
たとえ収穫が少なくても、支出は止まらない。
主なものは、トラクターや田植え機の維持費、肥料や農薬の仕入れ、燃料費、電気代など。
最近では円安や原料高騰の影響で、肥料と燃料の価格が大きく上がりました。
けれど、米や野菜の販売価格はほとんど変わっていません。
「売値はそのまま、作るコストだけ上がる」。
そんな構造の中で、農業収入が圧迫されていく。
それでも辞められないのは、土地が生活と一体になっているから。
家の裏にある田んぼを見てしまえば、「今年もやらなきゃ」と思ってしまう。
それは、経済の問題ではなく、暮らしの感覚に近いものです。
3-4. 「辞めたいけれど辞められない」その理由
数字だけ見れば、辞めるほうが合理的に思えるかもしれません。
けれど実際は、そう簡単にはいきません。
理由は経済以外のところにあります。
たとえば
- 先祖から受け継いだ土地を手放せない
- 田んぼを空けると、近所の管理負担が増える
- 農機や倉庫が生活空間とつながっていて、切り離しにくい
- 「代を絶つ」ことへの抵抗感がある
辞める理由より、辞めない理由のほうが多い。
それが兼業農家の暮らしの実態です。
兼業農家は、仕事と暮らしのあいだで常に均衡を探しています。
時間を削り、収入を補い、それでも畑に立ち続ける。
その姿は、合理性を超えた生活のかたちと言えるかもしれません。
【4】米が安い理由と、安いままでは続かない理由

スーパーで米を選ぶとき、値段の違いに目がいく人は多いと思います。
最近高騰してるとはいえ、その安さの裏側に何があるかまでは、なかなか見えません。
実際、いまの店頭価格は、どこかの誰かが負担してようやく成り立っている値段です。
そして、その負担が限界に近づいています。
4-1. 米の値段を決めているのは農家ではない
米の価格は、農家が自由に決めているわけではありません。
ざっくり言えば、
消費者 → 小売(スーパー) → 卸 → JA・集荷所 → 農家
という流れの中で価格が分配されます。
たとえば店頭で3,000円の米袋が売られていても、農家に届くのはそのほんの一部。
しかもそこから、肥料代、燃料費、機械ローン、乾燥や保管にかかる電気代などを差し引くと、手元に残る金額はわずかです。
つまり、私たちが「安い米を買う」という選択は、農家の収益を圧縮する選択でもある。
誰かが得をしているというより、負担をどこかが引き受けている構造になっているのです。
4-2. それでもコストだけは上がり続けている
この十年ほどで、農業を続けるためのコストは大きく変わりました。
肥料の原料は輸入に頼り、円安で高騰。
燃料も同じく上昇し、機械の部品価格も上がっています。
けれど、米の販売価格はほとんど上がっていません。
それは、生活必需品としての「価格を上げにくい商品」だからです。
家計に置き換えれば、給料が変わらないのに生活費だけ倍になるようなもの。
誰かがどこかで我慢を強いられている。
その見えない我慢の上で、いまの安さが保たれています。
4-3. 「安い米を選ぶ」ことが、結果的に農業を弱くする
もちろん、日々の買い物で安いものを選ぶのは自然なことです。
誰もそれを責めることはできません。
けれど、安値競争が続けば、次のような連鎖が起きます。
収益が出ない → 投資ができない → 労働だけが増える
労働が重くなるのに儲からない → 担い手が減る → 農地が消える
これは、誰か一人の努力で止まる流れではありません。
仕組みを変えない限り、結果は同じ方向に傾く。
「農家、がんばれ」だけでは、もう支えきれないところまで来ています。
4-4. そして今、「安さを保てない転換点」に立っている
最近、米農家の口からよく聞く言葉があります。
「もう、前のやり方では続けられない」。
これは感情の話ではなく、計算の話です。
黒字に届かないラインが全国で同時に現れています。
肥料と燃料の多くを輸入に頼る日本の構造。
円安が長期化する経済の流れ。
そして、兼業で農地を守ってきた歴史的な形。
この三つが重なり、いま、農業そのものの構造が転換点に立たされています。
誰かを責める話ではない。
長く続いた仕組みが、静かに力を失っているだけ。
けれどその静けさこそ、見過ごしてはいけない兆しだと思います。
【5】それでも農家が辞めない理由:経済では説明しきれない領域

「もう続けられない」と言いながら、翌朝も畑に出る人がいます。
まだ薄暗い朝のうちから水路を見に行き、風の向きで天気を読む。
収入で言えば、合理的ではない。
時間の使い方で見ても、効率的ではない。
それでも、その人たちは畑に立ち続けています。
そこには、お金では測れない理由があるのです。
5-1. 畑は「土地」ではなく「家族の時間」の積み重ね
土地というのは、単なる面積ではありません。
そこには、時間が折り重なっています。
祖父が初めて田を起こした年。
氾濫した川を何度も直した記憶。
季節ごとの行事、稲刈りの日に集まった親戚の笑い声。
畑は、収入源である前に“家族の記憶”そのもの。
だから手放すというのは、「ここを家と呼ぶ記憶を終わらせる」ことに近い。
その重さは、数字では測れません。
5-2. 「やめる」には、やめたあとの物語が必要になる
都会で仕事を辞めるとき、人は次の仕事を探します。
けれど農業を辞めるとき、人は次の自分を探さなければならない。
農村では、誰が田を持っているか、いつ草を刈ったか、どの祭りに顔を出したか。
そうした行動が、その人がそこに生きている証になります。
畑を手放すとは、「この土地に居続ける理由を失うこと」。
だからこそ、簡単には決められません。
やめる勇気よりも、残る責任のほうが強く働いてしまうのです。
5-3. 共同体は言葉ではなく「手」でつながっている
農村のつながりは、説明ではなく行動で成り立っています。
台風が来る前に誰かが黙って見回りに行く。
調子の悪い家には、近所の人が声をかける。
葬儀の段取りも、言わなくても分かっている誰かが動く。
それは、SNSやアプリの「つながり」とはまったく違う。
手が動く。足が動く。
その手足の記憶が、地域を支えているのです。
だから畑を辞めるというのは、その連なりから一歩離れることでもある。
それは静かな別れに近いものがあります。
5-4. 農業は「正しさ」ではなく「続ける理由」で成り立っている
農家の人に「なぜ続けるのか」と尋ねると、
多くの人がこう言います。
「やってるから、やるんだよな。」
一見すると答えになっていないように聞こえます。
けれど、そこに本質があります。
続けるという行為そのものが、理由になる。
畑に出ることは、家を、土地を、つながりを、「まだここにある」と確かめる行為です。
それが、この仕事の根っこにある。
だから、辞めない。
だから、辞められない。
農業は、経済の言葉だけでは語りきれない仕事です。
数字の外にある“続ける理由”が、この国の風景を支えてきた。
それを知ることが、次の仕組みを考える出発点になると思います。
【6】国の農政が兼業を前提にしてきた理由

ここまで見てきたように、兼業農家はなんとなく増えたわけではありません。
その背景には、国が意図的にそうなるよう政策を組み立ててきた歴史があります。
日本の農政は、農業を「食べていく仕事」として育てるよりも先に、
農地を残すことを最優先にしてきた。
言い換えれば、農業というより“国土の管理”に近い考え方でした。
6-1. 日本の農地は「生産の場」以上に「国土を守る装置」だった
日本は山と川が多く、平地が少ない国です。
だから、洪水や土砂崩れが起きやすい地形をしています。
田んぼや畑には、米や野菜を育てる以外にも大きな役割があります。
雨水をゆっくり受け止め、川に流れる水量を調整する。
つまり、田んぼは防災のインフラでもあるのです。
農地が荒れれば、水は溢れ、土砂は流れ、地域全体が弱くなる。
だから国は、どんなに採算が悪くても「農地をなくさない」ことを選んできました。
その発想が、兼業を支える政策の根底にあります。
6-2. 中山間地を「切り捨てなかった」ことの意味
日本には、農業で利益を出しにくい地域がたくさんあります。
山あいの斜面、小さな谷の集落、機械が入りづらい段々畑。
そうした場所を見捨てずに維持してきたのは、
・国土保全
・景観の維持
・地域文化の継承
・災害リスクの軽減
こうした価値を守るためでした。
だから政策はこうなる。
「農業で食べられなくても、農地は続けてほしい」。
この発想が、兼業という形を制度として支える方向に進んだのです。
6-3. 高度経済成長期に「会社員+農業」という生き方が標準化した
1960年代。
都市では企業が次々と工場を建て、地方から人が流れ込みました。
けれど、地方に残る家には農地がある。
国の考えはシンプルでした。
農地は減らしたくない。
ならば、会社で働きながら農地を維持できるようにすればいい。
そうして「平日は会社員、休日は農家」という生活モデルが広がっていきました。
兼業は仕方なくではなく、国家としての合理的な回答だったのです。
ただし、それは同時に「農業で食べていけない構造を固定した」ことにもなりました。
6-4. 「生産性」より「存続」を選び続けた結果
国の農政を長い目で見ると、軸は一貫していました。
- 農地は絶対に減らさない
- 小さな農家も維持する
- 地域全体で国土を守る
この方針は、確かに正しかった。
風景も水も文化も、そのおかげで残っています。
けれど副作用もありました。
農地が動かない。
専業農家が規模を拡大できない。
技術投資が進まず、若い担い手が育たない。
「農業は続いているが、強くはなっていない」その矛盾が積み重なってきた。
兼業は、国の防御の仕組みとしては成功してきました。
けれど、その守りの形が、いまは少しずつ農業の未来を縛っている。
【7】しかし兼業依存は、農業の持続性をゆっくりと蝕んでいる

「兼業で農地を守る」
この仕組みは長く、日本の農業を支えてきました。
家を継ぎ、地域を保ち、田んぼを荒らさないための現実的な形。
けれど、いまはその同じ仕組みが、農業を少しずつ弱らせています。
大きな崩壊ではありません。
派手なニュースにもならない。
ただ、静かに。気づかれない速度で。
農業の力がすり減っているのです。
7-1. 担い手不足は「人がいない」からではない
「農家が減っている」と聞くたびに、人がいなくなったと思いがちです。
けれど本質は、「引き継げる仕組みがない」ことにあります。
田んぼを回す段取りは、マニュアルではなく身体で覚えるもの。
機械の動かし方も、気候の読み方も、人から人へ感覚のかたちで伝わってきました。
でもその継承が止まっています。
農地があっても、使える人がいない。
技術も設備も残っているのに、回せる人がいない。
だから農業は、見えないところで止まり始めているのです。
7-2. 農地は「ある」。しかし「使える農地」が減っている
統計上、農地面積は大きく減っていません。
けれど現場に立つと、まったく違う景色が見えます。
高齢で耕せなくなった田。
草が伸び、獣が入り、隣の田んぼにまで影響が出る。
耕作放棄地が連鎖的に広がる。
つまり、数字の上では残っていても、実際には機能していない農地が増えている。
地図の上にあるだけで、現場では生きていない。
そんな矛盾が、静かに積み重なっています。
7-3. 補助金は「改善」ではなく「延命」に回りやすい
補助金は農業にとって欠かせない支えです。
けれど現実には、投資や革新に使われるより、「今年を乗り切るため」に回ることが多い。
もともとの収益構造が赤字に近いからです。
余白がない状態で、補助は次の挑戦ではなく“現状維持”のために使われてしまう。
だから、補助があっても農業は強くならない。
それは制度の失敗というより、構造の自然な帰結です。
足りないのはお金ではなく、再投資できる余白。
7-4. 「このままでは消える」は未来の話ではない
「もしこのままでは、農業が消えてしまう」。
そんな言葉を、何度も聞いてきました。
けれど、もう“もし”ではありません。
すでに、静かに消え始めている地域があります。
三軒だけが田を守る集落。
一枚ずつ休耕地に変わっていく村。
中心人物が倒れた翌年から回らなくなった営農組織。
農業が消えるというのは、その土地の暮らしが消えるということ。
それは、急な崩壊ではなく、すでに進行している経過です。
兼業は、守るための仕組みとして生まれた。
でも今は、その守りがゆっくりと力を奪っている。
誰も悪くない。
ただ、仕組みが疲れている。
【8】ここが分岐点になる:兼業のまま続けるか、役割を再編するか

日本の農業は、長いあいだ「みんなで少しずつ作る」ことで支えられてきました。
それは、国土を守り、地域をつなぐための現実的な形だった。
けれど、いまはその“少しずつ”の余白がなくなっています。
時間も、体力も、収益のゆとりも。
このままの形で続けるのは、だんだんと難しくなってきた。
これからは、「やめる」か「続ける」かではなく、どんな形で関わり続けるかを選び直す段階に来ています。
8-1. 「全員が作る」から「作る人を支える」へ
これまでの農村では、農家全員が農業に関わるのが当たり前でした。
田植えや稲刈りは地域の行事のようなもの。
みんなでやることが「普通」だった。
けれど今は、暮らし方も働き方も多様です。
全員が同じように畑に出る必要はありません。
作る人がいれば、支える人もいていい。
トラクターに乗らなくても、SNSで発信する人がいていい。
米を作る人も、売る人も、届ける人も。
農業には「役割の幅」がある。
全員が作るから、誰かを支えるへ。
その意識の転換が、これからの農業を守る鍵になっていきます。
8-2. 集落営農・法人化は「効率化」ではなく「生活を守る方法」
「法人化」「集落営農」という言葉を聞くと、
企業的で冷たいイメージを持つ人もいるかもしれません。
でも、本質はまったく逆です。
複数の農家が作業や機械を共有し、負担を分け合う仕組み。
それは、個人の力だけでは回らなくなった農業を、地域で回すための方法です。
兼業が増えた時代には、ひとりでも畑を守れた。
けれど、時間も人も減った今は、助け合いなしでは続けられない。
効率化ではなく、生活を続けるための再編。
そう考えると、言葉の温度が少し変わって見えてきます。
8-3. 専業農家に資源を集中させることは「切り捨て」ではない
誤解されやすいですが、「専業を支援する」ことは「兼業を排除する」ことではありません。
むしろ、両者が補い合う関係を作ることが大事です。
専業が中心となって農業を回し、
兼業は農地を手放す代わりに支える側にまわる。
その分担ができれば、地域全体で農地を守れる。
そうすれば、技術が残り、経験が伝わり、負担が一人に偏らなくなる。
つまり、専業が生き残ることは、地域全体が生き残ることでもあります。
8-4. 「兼業を否定しない。ただ、同じ形は続かない」未来の設計図
兼業農家は、日本の農業の背骨でした。
その重さと役割を、軽く扱うことはできません。
けれど、その背骨が少しずつ疲れてきている。
だから、形を変える必要があります。
作る人は、しっかり作る。
支える人は、しっかり支える。
どちらも同じ「農の担い手」。
農業を続けることは、土地を守ること。
土地を守ることは、人の生活を守ること。
そのために、形を変えていく。
静かに、でも確かに。
今がその、分岐点です。
誰が作るかだけではなく、どう関わるかを問い直す。
それが、これからの日本の農業をつくっていく第一歩になると思います。
【9】都市生活者としてできる“小さな参加”

日本の農業は、どこか遠くで起きていることのように感じるかもしれません。
でも、食卓の上にあるお米も、野菜も、果物も、誰かの手と時間でできています。
スーパーの棚に並ぶ米袋を見ながら、その先にある田んぼの朝露まで想像する人は少ない。
けれど、食卓はいつも農業のいちばん手前にある場所です。
私たちは、もうすでにその入り口に立っている。
9-1. 「米を選ぶ」ことは、ひとつの意思表示になる
難しいことをする必要はありません。
大きな寄付や運動ではなく、できる範囲の“選ぶ”から始まります。
米袋のラベルを見る。
どこの地域で作られた米か。
誰の名前が書かれているか。
精米日が新しいか。
それだけでも十分です。
選ぶことは、賛同すること。
「作り手が見える米」を手に取るだけで、静かな支援になる。
それは「私はあなたの仕事を見ている」というメッセージでもあります。
ほんの少しの意識の変化が、長い距離を埋めていきます。
9-2. 産直ECやふるさと納税は「関係を持ち直す」ための道具
直接、農家と話す必要はありません。
でも、距離を選ぶことはできる。
たとえば、産直EC(ポケットマルシェ、食べチョクなど)で注文してみる。
あるいは、ふるさと納税の定期便を利用する。
小さなマルシェで、作り手の顔を見ながら野菜を買う。
それだけで、「知らない誰か」だった農家が、「名前のある誰か」に変わります。
関係が見えると、食べることにも温度が戻る。
それが、関わりを取り戻すということです。
9-3. 「知っている」だけでも、もう参加になっている
この記事をここまで読んだあなたは、もう外側の人ではありません。
日本の農業が兼業で支えられてきたこと。
その仕組みが、いま静かに限界に触れていること。
そして、関係はまだ切れていないということ。
それを知っている。
それだけで十分な一歩です。
知ることは、行動の前にあるもの。
ときには行動よりも強い支えになることがあります。
「知っている」という状態は、未来を選ぶ力になる。
9-4. 食卓から、世界は少しずつ変わる
大げさではなく、本当にそう思います。
コーヒーの産地を選ぶ人が増えたとき、
クラフトビールが地域産業になったとき、
地元野菜の直売所に列ができたとき
世界は、遠い生産から関係のある生産に変わってきた。
米も同じです。
食卓のひとつひとつの選択が、農地の未来を少しずつ支えています。
世界を変えるのは、いつも日常の手の届くところからです。
まとめ
日本の農業は、「会社員+農業」という兼業スタイルによって長く支えられてきました。
それは、農地を守りながら暮らしを続けるための、地域に根づいた形でした。
けれど今は、燃料高騰や人手不足、後継ぎの減少などで、兼業だけでは持ちこたえにくくなっている。
これからは、作る人が続けられる環境づくりと、地域全体で農地を守る仕組みが必要です。
そして、消費者が「知り、選んで買う」ことも、その一部になります。
農業は遠い話ではない。
食卓のすぐそばにあるもの。
そのつながりを意識することが、未来の田んぼを残す力になっていきます。
編集後記
農業の話は、数字や制度を並べてしまうと、どこか遠い出来事のように感じてしまいます。
でも、その向こう側には、人の呼吸や手の重さ、朝の光の温度がある。
私がDJをしていた頃、フロアの空気を感じながら曲を選んでいました。
人の動きや気配を読み取って、ほんの少し曲順を変えるだけで、場の雰囲気がふっと変わる。
農業もそれに少し似ています。
制度や経済の上に、言葉にならない「人の感覚」がいつも動いている。
この記事は、誰かを責めるためのものではありません。
今という時間の中で、変わりつつある現実を静かに見つめるために書きました。
未来の食卓をどう守っていくのか。
その答えは、すぐには見つからないと思います。
けれど、知ることは選ぶことのはじまりです。
理解は、行動よりも静かに強い力を持っている。
私たちは、知ることで少しずつ未来に参加していく。
それが、農業を支えるいちばん静かな方法だと思います。
編集方針
・兼業農家を日本農業の中心として再定義する。
・制度と現場のあいだにある「構造」を明確にする。
・読者が自分ごととして考えられる視点を提供する。
・批評だけでなく、生活と意志に根ざした理解を重視する。
・未来に向けて選択肢を考えるための土台を提示する。
参照・参考サイト一覧
農林業センサス 販売農家1 主副業別統計(専兼業別農家数)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/database?layout=dataset&statdisp_id=0003195071&toukei=00500209
農業・農村の有する多面的機能
https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/index.html
令和「食料・農業・農村基本計画」令和7年4月
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/attach/pdf/index-61.pdf
兼業農家等の動向と課題
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8098956_po_074602.pdf?contentNo=1
農業・農業政策の新たな展開方向に基づく具体的検討資料
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/shokunou_dai6/sankou3.pdf


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