私にとっての「スルメアーティスト」|最初はそこまででもないのに、聴くほど好きになる音楽

essay11_surume-artist_MV エッセイ

初めて聴いたとき、「地味だな」と思った。

ふつうにいい曲ではある。

でも、すぐにハマるほどではなかった。

メロディーを口ずさめるほど、強く残るわけでもない。

そんな曲に出会うことがある。

それなのに、数日するとふと思い出す。

「こないだの曲、なんかよかったな」と。

もう一度聴く。

すると、前よりいい。

今度はアルバムを通して聴いてみる。

すると、別の曲でも同じことが起きる。

そんなふうにして、気づけばかなり好きになっていた。

自分にとって、サカナクションとTim Christensenがそれだった。

こういう、最初はそこまででもなかったのに、何度も聴くうちにだんだん好きになる曲を「スルメ曲」と呼ぶことがある。

一曲だけなら、その言葉で済む。

でも、この二者では一曲では終わらなかった。

何曲も、最初は少し地味に感じる。

それなのに、あとからじわじわ好きになる。

だとすると、自分が惹かれているのは、一曲だけの魅力ではないのかもしれない。

なぜ、最初はそこまででもなかった音楽を、あとから何度も聴きたくなるのか。

そして、なぜそれが曲単位ではなく、アーティスト単位で起きるのか。

そのことを少し考えてみたくなった。

サカナクション

Tim Christensen

音声でも聴けます

この記事の内容を、音声で聴きやすい形に再構成しています。 最初は地味に感じたのに、何度も聴くうちに好きになっていく「スルメアーティスト」について、 サカナクションとTim Christensenを例に、移動中や作業中にも聴いていただけます。

音声のみで聴く: Spotify | Apple Podcasts | Amazon Music

1.「スルメ曲」だけでは説明しきれない好きになり方がある

聴けば聴くほど好きになる「スルメ曲」という言葉

「スルメ曲」という言葉がある。

最初はそこまででもないのに、何度も聴くうちに好きになっていく曲のことだ。

一曲だけなら、

「これは自分にとってのスルメ曲なんだな」

で終わる。

自分にも、そういう曲はこれまで何度もあった。

今回は、一曲では終わらなかった

でも、サカナクションとTim Christensenでは少し違った。

一曲を聴き直して好きになる。

別の曲を聴くと、また同じことが起きる。

それが何曲も続いた。

一曲だけなら、その曲との相性だったとも考えられる。

でも、同じアーティストの曲で何度も同じことが起きると、その人の音楽そのものに、自分が反応しているのではないかと思えてくる。

「スルメ曲」という言葉では、少し足りない気がした。

2.自分の中では「スルメアーティスト」と呼ぶほうが近い

そこで、自分の中では「スルメアーティスト」と呼ぶことにした。

「スルメバンド」では少し狭かった

最初は、「スルメバンド」という言葉が浮かんだ。

でも、Tim Christensenはソロのミュージシャンだ。

自分が言いたいのも、バンドという形態の話ではない。

だからこの記事では、一曲ではなく、その人の曲を何曲も聴くうちにじわじわ好きになっていく存在を「スルメアーティスト」と呼ぶことにする。

一般的な音楽用語ではなく、自分の好きになり方を表すための言葉だ。

なぜ、アーティスト単位で同じことが起きるのか

サカナクションとTim Christensenの音楽を、最初から似ていると思っていたわけではない。

むしろ先に気づいたのは、自分の反応が似ていることだった。

最初は少し地味に感じる。

でも、なぜかあとから思い出す。

聴き直すと前よりよくなる。

そして、別の曲でもまた同じことが起きる。

二者の音楽に何か共通するものがあるのか。

それとも、それぞれの音楽の中に、自分の好みに引っかかる何かが繰り返し現れているのか。

ここから先は、その「何か」を辿ってみたい。

3.「地味だな」と思ったのに、なぜか曲の感触は残っていた

では、最初に何が引っかかっていたのか。

振り返ってみると、入口はたぶんメロディーだった。

ただ、あとから思い出していたのは、メロディーそのものではなかった。

入口はメロディーだったと思う

最初に聴いたときも、「いい曲だな」とは感じている。

そのきっかけは、やはりメロディーだったと思う。

聴いた瞬間に、どこか琴線に触れる。

でも、一度聴いただけで口ずさめるような強さではない。

聴き終われば、どんなメロディーだったのかも、はっきりとは思い出せない。

だから、また聴きたくなる理由をメロディーだけで説明するのは難しかった。

地味だったはずなのに、「なんかよかった」は残った

一聴目には、少し地味だと感じている。

その場でもう一度再生したくなるほどではない。

「結構いい曲だったな」

そのくらいで終わる。

それなのに、数日するとふと思い出す。

メロディーは出てこない。

曲のどの部分がよかったのかも、まだ分からない。

それでも、

「なんかあの曲、よかったな」

という感触だけが残っている。

最初から良さが分からなかったわけではない。

「なんかいい」は、最初からあった。

ただ、その「なんか」の中身が見えていなかった。

残っていたのは、メロディーより曲全体の雰囲気だった

何度か聴き直すうちに、残っていたのはメロディーだけではないのかもしれないと思うようになった。

声の感じや音の重なり。

曲が進んでいく流れ。

そうしたものをまとめて、曲全体の雰囲気として受け取っていたのだと思う。

最初は、それぞれを意識して聴いていたわけではない。

だから全部まとめて「なんかいい」だった。

メロディーは、その感触に入る入口だったのかもしれない。

でも、あとから自分をもう一度その曲へ戻していたものは、もっと曲全体に近かった。

そして聴き込むうちに、その中でも特に気になるものが出てきた。

曲が、どう進んでいくかだった。

4.聴き込むと、少し予測を外す展開が気になってきた

何度か聴いているうちに、曲の流れそのものが気になるようになった。

最初は「なんかいい」としか思っていなかった。

でも、聴き込むと、その中に少し予想を外される感覚があることに気づいた。

Aメロ、Bメロ、サビのつながりが少し予想と違う

Aメロを聴いていると、なんとなく次はこう進みそうだと思う。

Bメロまで来れば、サビはこのあたりへ行きそうだと感じる。

音楽理論として考えているわけではない。

これまでいろいろな曲を聴いてきた中で、自然と次の流れを予想しているだけだ。

サカナクションやTim Christensenの曲には、その予想から少し外れるように感じるところがあった。

「そっちに行くんだ」と思う。

ただ、急に別の曲になったような違和感ではない。

普通に聴いていると、そのまま自然に曲は進んでいく。

何度か聴いてから、

「ここ、思っていた方向には行かないんだな」

と気づくくらいのズレだ。

その小さなズレが、自分には気持ちよかった。

予想外は、Aメロやサビの中にもある

そうした感覚は、AメロからBメロ、Bメロからサビへ移るときだけではない。

Aメロの中にもある。

サビの中にもある。

メロディーがそのまま進みそうなところから、少し違う方向へ動く。

ここで落ち着きそうだと思ったところから、もう少し先へ進む。

そういう細かな動きにも、あとから気づくようになった。

最初からそこを分析して聴いていたわけではない。

ただ何度か聴くうちに、

「自分はこういう流れが好きなのかもしれない」

と思うようになった。

予想を外すのに、全体としては自然に「いい曲」になっている

ただ、予想外なら何でも好きなわけではない。

あまりにも突飛なら、むしろ曲から離れてしまう。

自分が惹かれていたのは、もっと小さなズレだった。

少しだけ予想を外す。

でも、曲全体として聴けば自然に収まっている。

だから最初に出てくる感想も、「変わった曲だな」ではなかった。

あくまで「いい曲だな」だった。

予想どおりではないのに、違和感にはならない。

その少し違う進み方が、曲の中に自然に馴染んでいる。

最初の「なんかいい」の中には、たぶんこういう感覚も含まれていたのだと思う。

5.予想外だから好きなのではなく、その展開そのものを好きになっていく

ここまで考えると、少し不思議なことがある。

一度その曲を聴けば、次にどこへ進むのかは分かる。

最初は意外だった展開も、二回目にはもう意外ではない。

それでも、その曲は前より好きになっていった。

二回目には、もう「予想外」ではない

最初に聴いたときは、

「そっちに行くんだ」

と思う。

でも、一度聴けば、その先はもう知っている。

次に聴くときには、展開は予想外ではない。

それなのに、その部分をまた聴きたくなる。

むしろ何度か聴くうちに、その展開が来るのを待つようになる。

もし好きだったのが、予想を外されること自体なら、展開を覚えた時点で魅力は薄れていくはずだ。

でも、実際にはそうならなかった。

意外だったことより、その流れそのものが好きになっていた。

「そこに行くんだ」が「ここに行くのがいい」に変わる

最初は、

「そこに行くんだ」

と感じる。

それが何度か聴くうちに、

「ここに行くのがいい」

に変わっていく。

最初は少し意外だった流れが、その曲らしい気持ちよさとして馴染んでくる。

次に何が来るか分かっていても、その瞬間を待つ。

だから、自分が好きになっていたのは「予想外」そのものではなかったのだと思う。

最初は、自分の中になかった流れだった。

でも、何度も聴くうちにその流れを覚えて、いつの間にか、その動き自体を好きになっている。

最初はうまく説明できなかった「なんかいい」の中に、こういう感覚も入っていた。

聴き込むことで、それが少しずつ見えるようになった。

自分にとっての「聴くほど好きになる」は、たぶんこういう変化を含んでいる。

6.「何度も聴いたから好きになった」だけでも説明できるのか

ここまで考えると、もう一つ気になることが出てくる。

単純に、何度も聴いたから好きになっただけではないのか。

たしかに、それも無関係ではないと思う。

繰り返し聴いたこと自体も、無関係ではない

最初は少し地味に感じた曲でも、何度か聴けば耳が慣れてくる。

最初は意外だった展開も、次に何が来るのか分かるようになる。

それによって、聴きやすくなった部分はたぶんある。

実際、自分の場合も「なんかいい」と思ったから、もう一度聴いた。

そこから何度も聴くようになった。

音楽は、繰り返し聴くことで感じ方や好ましさが変わることも研究されている。

だから、好きになっていく過程から「繰り返し聴いたこと」を切り離すことはできない。

同じ曲を聴いていても、聴いている自分のほうは少しずつ変わっていく。

それでも、何度も聴けば全部好きになるわけではない

ただ、繰り返し聴いたことだけで説明できるかというと、やはり少し足りない。

何度聴いても、「悪くないな」のままの曲はある。

最初は好きだったのに、聴いているうちに飽きる曲もある。

一曲だけなら、聴き込むうちに好きになった経験は、ほかのアーティストにもある。

それでも、サカナクションとTim Christensenでは、それが何曲も続いた。

だとすると、この二者の曲には、自分が何度も聴きたくなる何かが、それぞれの曲の中で繰り返し現れていたのかもしれない。

何度も聴いたから好きになった。

それ自体は、たぶん間違っていない。

でも、その前には「もう一度聴きたい」がある。

そして、その「もう一度」が同じアーティストの何曲にも起きている。

では、曲をまたいで自分が反応していたものは何だったのか。

そこまで考えると、ようやく「スルメ曲」ではなく「スルメアーティスト」の話に戻ってくる。

7.違う音楽なのに、好きになり方は似ていた

ここまで考えてくると、改めてサカナクションとTim Christensenの違いが気になってくる。

自分は、この二者の同じところを好きになっていたのだろうか。

考えてみると、そうでもなかった。

むしろ、耳が向いている場所は少し違っていた。

サカナクションでは、曲全体の流れに惹かれる

サカナクションを聴いているときは、メロディーだけを追っている感覚があまりない。

リズムがあり、電子音があり、バンドの演奏があり、その上に声が乗っている。

同じようなフレーズが続いていても、音が加わったり引かれたりすることで、少しずつ聴こえ方が変わる。

自分が惹かれているのは、そうした音の重なりを含めて、曲全体が時間の中で動いていく感じなのだと思う。

一つの強いメロディーに引っ張られるというより、その流れの中へ入っていく。

これは、自分がクラブミュージックを聴くときの感覚とも少し近い。

同じものが繰り返されながら、少しずつ音の景色が変わっていく。

最初は地味に感じても、何度か聴くうちに、その流れ自体が気持ちよくなってくる。

Tim Christensenでは、メロディーの進み方に惹かれる

Tim Christensenでは、もう少しメロディーそのものへ耳が向く。

ただ、そのメロディーが一度聴いただけですぐ頭に入るとは限らない。

このまま進みそうだと思ったところから、少し違う方向へ行く。

ここで落ち着きそうだと思ったのに、もう少し先へ進む。

そうした動きに引っかかる。

最初は、その流れをまだ全部つかめていない。

だから「いい曲だけど、少し地味だな」くらいで終わることもある。

でも、何度か聴いて流れを覚えると、最初に引っかかったところが、むしろ好きな場所になっていく。

「そこに行くんだ」

と思っていたところが、

「ここに行くのがいい」

へ変わっていく。

この感覚は、Tim Christensenを聴いているときに特に強い。

共通していたのは、「一度では全部つかめない」ことだった

こうして並べると、サカナクションとTim Christensenで、自分が惹かれているものは同じではない。

サカナクションでは、反復や音の重なりを含めた曲全体の流れ。

Tim Christensenでは、メロディーがどこへ進み、どう着地するか。

それでも、好きになっていく過程には似たところがあった。

一度聴いただけでは、全部はつかめない。

でも、何かは残る。

その「なんかいい」を確かめたくて、もう一度聴く。

すると、前には気づかなかった音の動きや流れが見えてくる。

さらに聴くと、その流れ自体が好きになっていく。

二者の音楽が似ているのではない。

自分は、こういうふうに少しずつ見えてくる音楽を好きになりやすいのかもしれない。

8.何曲も聴くうちに、その人なりの「曲の作り方」が見えてくる

同じアーティストの別の曲でも、似たようにあとから好きになる。

それが何曲も続くと、だんだん一曲だけの話ではなくなってくる。

曲ごとの特徴より、その人なりの音楽の動かし方に惹かれている

最初は、それぞれを別の曲として聴いている。

「なんかいい」と思う。

でも、その理由はまだよく分からない。

何度か聴くうちに、メロディーの動きや、音の重なり方、反復の使い方、曲全体の流れに少しずつ気づいていく。

最初は意識していなかったものが、あとから見えてくる。

そして別の曲を聴いたときにも、形は違うのに、どこか似た気持ちよさを感じる。

そこで初めて、自分は一曲ごとのメロディーだけを好きになっているわけではないのかもしれないと思った。

その人がメロディーをどう動かすのか。

音をどう重ねるのか。

どこで変化させ、どこで流れを保つのか。

曲全体をどう進めていくのか。

そうした、その人なりの音楽の作り方と、自分の好みが合っているのかもしれない。

「この曲が好き」から「この人の作る曲が好き」に変わっていく

もちろん、サカナクションとTim Christensenが同じ方法で曲を作っていると言いたいわけではない。

音楽性も違う。

自分が惹かれている場所も違う。

それでも、どちらにも似たことが起きた。

一度では全部つかめない。

でも、何かは残る。

その「なんかいい」を確かめるために、もう一度聴く。

すると、前には見えていなかったものが少し見えてくる。

さらに別の曲を聴くと、また同じように「なんかいい」が残る。

そうして何曲も聴いているうちに、

「この曲が好き」

から、

「この人の作る曲が好き」

へ変わっていく。

たぶん、自分にとっての「スルメアーティスト」は、そういう存在なのだと思う。

最初からすべてが分かりやすく好きなのではない。

一度では全部つかめないのに、なぜかもう一度聴きたくなる。

何曲か聴きながら、その人なりの音楽の作り方と、自分の好みが少しずつ重なっていく。

一曲ごとの「なんかいい」をたどっていたら、気づけばそのアーティストそのものを好きになっている。

自分が「スルメアーティスト」と呼びたかったのは、たぶんこの感覚だった。

参照・参考サイト

JMdictDB – スルメ曲
https://www.edrdg.org/jmwsgi/updates.py?d=16&m=4&svc=jmdict&y=2019

サカナクション公式サイト|PROFILE
https://sakanaction.jp/feature/profile

Warner Music Japan|Tim Christensen / ティム・クリステンセン
https://wmg.jp/timchristensen/

日本音楽知覚認知学会|音楽の繰り返し聴取の効果に関する研究における時間要因の問題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmpc/13/0/13_21/_article/-char/ja

日本教育心理学会|音楽の繰り返し聴取が快感情に及ぼす影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/44/1/44_92/_article/-char/ja/

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