食料自給率カロリーベースにだまされるな

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ニュースで「日本の食料自給率はわずか38%」という数字を目にすると、将来食べ物がなくなるのではないかと、漠然とした不安を感じることはなかったですか?。でも、スーパーの棚には国産の野菜や肉が豊富に並んでいます。「なぜ半分も自給できていないことになっているのか」と、そのギャップに違和感を抱くのは普通なことです。

38%という数字は、嘘ではありません。ただし、それは「カロリーベース」という物差しで見た数字です。そこを抜かして見ると、日本の食の実態も38%なんじゃないかと誤解してしまいます。

この記事では、カロリーベース自給率の仕組みやからくりを解き明かし、生産額ベース(64%)や食料国産率、摂取熱量ベースといった複数の指標を交えて、日本の食糧事情のリアルを整理します。

数値の裏側にある定義を知れば、「食料危機」という煽りや、数字の低さだけを見て「輸入を増やすしかない」と結論づける議論はちょっと違うんじゃないかと思えるはずです。輸入の話を深める前に、国内で大量に発生している「事業系食品ロス」という無駄をどう見るか。そこまで含めて考えていきます。

この記事で見たいのは、数字そのものではありません。その数字を見たあとに、私たちは本当に「輸入を増やすしかない」と考えるべきなのか。そこまで含めて整理しています。

【1】食料自給率38%で考える危うさ

38%の数字だけを聞いた瞬間、「日本は食べ物の半分も作れていないのか」と感じます。けれど、その数字のまんま受け取って話を進めると、日本の食の実態をかなり狭く見てしまいます。この数字は公的なデータとして正確ですが、一つの指標が独り歩きするとき、見えなくなるものも出てきます。

38%はカロリーベースの数字

日本の食料自給率として一般的に引用される38%は、農林水産省が公表している「供給熱量(カロリー)ベース」の指標です。国民一人あたりに一日で供給されるカロリーのうち、国産でどれだけ賄えているかを計算したものです。

野菜や果物は、お米や油と比べるとカロリーが低い食品です。どれほど国内で大量に生産されていても、この計算では反映されにくい。スーパーで感じる「国産の豊富さ」と、統計上の「低さ」の間にギャップが生まれるのは、この計算方法が理由の一つです。

38%だけで実態はわからない

カロリーという単一の物差しだけで見ていると見誤ります。実はカロリーベースでは、輸入されたエサ(飼料)を使って育てられた牛や豚、卵などは、たとえ国内で飼育・加工されていても「国産」としてカウントされません。

エサが海外産であれば、食卓に並ぶ肉や卵が国産であっても自給率は上がりません。ただ、生産現場に目を向ければ、農家が土地を守り、技術を継承して供給を続けている事実に変わりはないです。38%はあくまで「エネルギーの自給」に焦点を当てた数字であり、生産現場のすべてを映し出しているわけではないのんです。

「日本は作れない国」に見える怖さ

「自給率が半分を大きく割り込んでいる」という情報を繰り返し目にすると、無意識のうちに「日本は食べ物を作れない国だ」という先入観が育ちます。

「日本は作れない国だ」と思い込むと、国産を選ぶ意味まで薄れて見えます。スーパーで産地を確認しても、「どうせ輸入頼みなんでしょ」と感じてしまう。数字の印象が、目の前の食べ物の見方まで変えてしまうところが怖いところです。

低いから輸入という短絡が生まれる

自給率が低いことを理由に「だから輸入を増やすしかない」と考えてしまうのは、少し短略的すぎます。日本にとって輸入は不可欠ですが、数字の低さだけを見て輸入依存を正当化してしまうと、国内で解決できるはずの課題から目が逸れていってしまいます。

【2】カロリーベースは何を低く見せるのか

「国産の野菜を食べているのに、なぜ自給率が上がらないのか」。この疑問の答えは、カロリーベースという計算手法の特性にあります。カロリーベースで見ているのは、あくまで熱量です。そのため、国産の野菜が並んでいることや、国内で育てられた肉や卵が食卓に届いていることは、数字に出にくくなります。

カロリーで見ると何が起きるのか

カロリーベース食料自給率とは、国民に供給される総カロリーのうち、国内生産で賄われたカロリーの割合を指します。この計算の大きな問題は、タンパク質やビタミンといった栄養の質や、農産物の価格を考慮せず、あくまで熱量だけで判断する点です。

その結果、マヨネーズなどの原料になる油脂類や、主食となる穀物など、高カロリーな品目の自給率が全体の結果を左右します。たとえば、野菜を毎日食べていても、それだけでカロリーは大きく増えません。食卓では欠かせないものでも、カロリーベースの数字では目立ちにくいのです。

輸入飼料の肉は国産に見えにくい

日本の食卓に欠かせない豚肉や牛肉、卵などの畜産物は、カロリーベースの計算において厳しい扱いを受けています。たとえ日本国内の農家が育てた動物であっても、そのエサ(飼料)が海外産であれば、そこから得られるカロリーは「国産」としてカウントされません。

「エサを輸入している以上、海外のエネルギーを形を変えて食べているだけだ」という考え方に基づいているからです。日本の畜産業はトウモロコシなどの飼料穀物を大きく海外に依存しているため、どれほど国内で質の高い肉を多く生産していても、カロリーベースの自給率を押し上げる力は限定的になります。

野菜や果物は数字に出にくい

スーパーの野菜売り場に行けば、大半が国産で占められていると思います。収穫量ベースで見れば野菜の自給率は高い水準にありますが、カロリーベースで見るとその存在感は一気に薄れます。

野菜や果物は水分が多く、100gあたりのカロリーが低いためです。トマトをいくら一生懸命作っても、バター一切れやパン一枚のカロリーには遠く及びません。農家が手間暇かけて育てた野菜が日本中の食卓を支えていても、「38%」という数字を大きく押し上げることはないのです。

米離れと肉・パン中心の食生活

この食生活の変化は、カロリーベース自給率を下げてきた大きな要因です。かつての日本は、自給率がほぼ100%である「お米」を中心とした食生活でした。しかし、ライフスタイルの変化によって、パン(小麦)や肉類、油脂類を多く摂る欧米型の食生活へと移行しました。

自給しやすい米の消費が減り、輸入に頼りやすい小麦や油、そして輸入飼料が必要な肉類の摂取が増えたことで、分母となる総摂取カロリーに対する国内供給の割合が低下したのです。

品目カロリー量自給のしやすさ自給率への影響
お米高い非常に高い(ほぼ100%)食べれば食べるほど自給率は上がる
肉類・卵高い低い(飼料を輸入に頼るため)消費が増えると自給率を下げる要因になる
パン(小麦)高い低い(大半を輸入に依存)主食の置き換えにより自給率を下げる
野菜・果物低い高い国産が多くても自給率への貢献は小さい
油脂類高い低い現代食に不可欠だが自給率を下げる要因

出典:農林水産省「令和5年度 食料自給率・食料自給力指標について」

安全保障を見るには意味がある

ここまでカロリーベースの「低く出やすい性質」を説明してきましたが、この指標が無意味なわけではありません。むしろ、国の安全保障を考える入口としては重要な役割を果たしています。

もし国際情勢の悪化で輸入が完全にストップしたとき、国民が飢えずに生き延びられるかどうかを判断するには、価格や見た目ではなく「生きるためのエネルギーが足りているか」が唯一の基準になるからです。

38%という数字は、平時の食卓の豊かさを測る指標ではありません。どれだけの熱量を国内で支えているかを見るための、厳しい数値です。ただ、有事の際にどこまで作れるかという生産能力については、後で見る「食料自給力」と分けて考える必要があります。

【3】生産額ベース64%でも安心はできない

カロリーベースの38%という数字に驚いた後、「生産額ベース」の自給率が6割を超えている(令和5年度で64%)と聞くと、少しホッとするかもしれません。ただ、この数字はお金(経済価値)で見た実態です。「じゃぁ日本は大丈夫だ」と言い切れるほど、単純なものではありません。

生産額ベースはお金で見る指標

生産額ベース食料自給率とは、国内で消費される食料の総額のうち、国内生産でどの程度賄えているかを金額で計算したものです。カロリーベースが「生きるためのエネルギー」を測るのに対し、生産額ベースは「日本の農業が経済的にどれほどの価値を生み出しているか」を測る指標です。

この指標で見ると、日本の農業が単にカロリーを供給するだけでなく、高付加価値な食材を提供し、経済活動として大きな役割を果たしていることが見えてきます。

64%は食卓の実感に近い

38%よりも高い「64%」という数字が、生活実感に近いと感じるのには理由があります。生産額ベースの計算では、カロリーは低くても価格が高い野菜や果物、ブランド肉などが正当に評価されるからです。

スーパーの棚に並ぶ国産野菜や贈答用の果物などは、この64%という数字を支えています。「普段から国産品を選んで買っている」という感覚は、カロリーよりもこの金額ベースの数字に反映されているのです。

価格が上がると高く見える

金額で計算する指標だからこその注意点もあります。生産額ベースの自給率は、食品の市場価格に左右されます。

たとえば、国際的なインフレや昨今の円安で輸入食品の価格が大幅に上がると、相対的に国産品の価値が変動し、計算上の自給率が上下することがあります。国産品の価格そのものが高騰した場合も、数字は上昇して見えます。数字が上がったからといって「作る量が増えた」とは限らず、「食費が高くなっただけ」というケースもあり得るのです。数字の表面的な増減だけでなく、その背景にある物価の動きもセットで見る視点が欠かせません。

肥料や飼料の海外依存は残る

生産額ベースで64%という数字が出ていても、その中身を見ると別の課題があります。日本の農業を根底から支えている肥料や、畜産に欠かせないエサ(飼料)の多くは、依然として海外からの輸入に頼っているからです。

たとえ「国産」として価値を高めて出荷されていても、その生産プロセスで必要な資材が止まってしまえば、日本の食卓は一気にピンチに陥ります。お金で見た自給率は高くても、生産の基本となるエネルギーや資材の自給については、別の次元で備えなければなりません。

種子まで見ないと国産は読めない

さらに踏み込んだ視点として、近年注目されているのが「種子(たね)」の問題です。野菜については、国内で栽培されていても、その親となる「親本」や「種子」の採種を海外に頼る品目があります。

どれほど広大な農地があり、熟練の農家がいても、種が手に入らなければ作物は育てられません。「国内で作られている」ことと、「生産の入り口まで国内で完結している」ことは、必ずしも同じではないのです。

指標の種類特徴注意点
カロリーベース(38%)熱量で自給を測る/安全保障の入口野菜・果物・国産畜産物が反映されにくい
生産額ベース(64%)経済的価値で自給を測る/食卓の実感に近い価格変動で数字が上下する
共通の盲点どちらも肥料・飼料・種子の海外依存は映らない生産基盤の脆弱さは別途確認が必要

出典:農林水産省「令和5年度 食料自給率・食料自給力指標について」

【4】日本の実態は5割前後〜6割台で見る

「38%」という一つの数字だけで日本の食料自給を判断するのは、多面的な現実のほんの一部を切り取っているに過ぎません。複数の指標を並べてみると、日本の食の供給力は「5割から6割程度」という、38%よりも少し底堅い実態が浮かび上がってきます。

摂取熱量ベース46%の意味

これまで見てきた「38%」は、市場に出回った食料の総量を基準にした「供給熱量ベース」です。これに対して、実際に私たちが口にした熱量を基準に計算する「摂取熱量ベース」という指標があり、令和5年度のデータでは「46%」となっています。

この「供給」と「摂取」の8ポイントの差には、流通の過程や家庭、飲食店で食べられずに失われる食品ロスなどが関係しています。この差は、日本の食料問題を「作る量」だけでなく、「届いた食料をどう無駄なく使うか」という視点からも見る必要があることを示しています。

食料国産率で見える別の姿

「食料国産率」は、生活実感に近い指標の一つです。飼料(エサ)が輸入であっても「国内で育てられた畜産物」をすべて国産としてカウントする考え方です。

たとえば鶏卵のように、エサを海外に頼る品目では、カロリーベース自給率と食料国産率に大きな差が出ます。カロリーベースでは低く算出される品目も、この指標で見れば、日本の農家がどれだけ供給に寄与しているかが正当に評価されます。「国内で生産していること」と「エサまで国内で賄っていること」は別物だ、ということがここで見えてきます。

それでも海外と比べると日本は低い

他の主要国と比較すれば、日本の自給率が低い水準にあるのはまぎれもない事実です。カナダやフランスなどの農業大国は100%を超えており、それらと比較すると「日本は脆弱だ」という結論になりがちです。

ただ、これらの国々は広大な国土を持つ「輸出を前提とした農業国」です。日本のように山地が多く、限られた平地で高度な園芸農業や水田農業を発展させてきた国を、一つの物差しで単純に並べて比べることには限界があります。

食料自給力は自給率と違う

今現在の生産量を示す「自給率」とは別に、いざという時に日本がどれだけの食料を生産できるかというポテンシャルを示す「食料自給力」という考え方があります。

たとえ現在の自給率が低くても、維持されている農地や農業技術、そして働く人々がいれば、有事の際に生産を拡大する余力が残されていることになります。数字上の自給率を追うだけでなく、この「自給する力」をどう守っていくかが、食の安全保障の本質に近いところにあります。

実態は一つの数字で決めない

結局のところ、どの数字が「正しい」ということではありません。それぞれの指標には役割があり、何を見たいかによって使い分けるものです。

  • カロリーベース(38%):生き延びるためのエネルギー自給を確認する
  • 摂取熱量ベース(46%):実際の消費とロスの実態を確認する
  • 生産額ベース(64%):農業の経済的な貢献度を確認する

これらを比較することで、「日本は半分以上の食料を自ら調達し、経済的にも高い価値を生み出しているが、エネルギー源の確保には課題がある」という立体的な実態があきらかになります。

50〜60%前後は仮説として見る

日本の食料自給の実態は、一つの公式数値として「50〜60%」と出せるものではありません。ただ、摂取熱量ベースでは46%、生産額ベースでは64%になるため、平時の食卓や経済実態まで含めて見るなら、5割前後〜6割台という幅で捉えるほうが自然です。

つまり、日本は「ほとんど作れない国」ではありません。ただ、「思ったより大丈夫」と安心して終われるほど強くもない。その中間にある国として見たほうが、実態には近いはずです。

半分以下の国と見るのは早い

「自給率38%」という言葉のインパクトに引きずられ、日本を「食べ物の半分も作れない国」と断定してしまうのは早計です。その強い印象は、冷静な議論を妨げ、「とにかく輸入を確保しなければならない」という方向に世論を誘導してしまいます。

指標名数値(令和5年度)特徴・視点
カロリーベース38%供給エネルギーで計算(生存・安全保障)
摂取熱量ベース46%実際に食べた分で計算(食品ロスの影響が見える)
生産額ベース64%市場価格の総額で計算(経済・農家所得)
食料国産率47%飼料が輸入でも国内産とみなす(生産現場の活力)

出典:農林水産省「令和5年度 食料自給率・食料自給力指標について」

【5】半分以下という思い込みが輸入依存を強める

「日本の食料自給率は半分もない」という強烈な印象は、私たちの思考を無意識のうちに「輸入頼み」へと向かわせます。ただ、数字の表面だけを見て「国内では足りないから、外から買うしかない」と結論づけてしまうのは、日本の農業が持つ力を自ら見限ることにもなりかねません。

「作れない国」というレッテル

38%という数字だけを見ると、日本は「自力で国民の胃袋を満たす能力を失った国」のように映ります。メディアでこの数字が繰り返し強調されると、「日本の農業は衰退していて自給は不可能だ」という過度な悲観論に引き寄せられがちです。

「日本は作れない国だ」と思い込むと、国産を選ぶ意味まで薄れて見えます。スーパーで産地を確認しても、「どうせ全体では輸入頼みなんでしょ」と感じてしまう。ただ、前章で見た通り、別の指標で見れば日本は5〜6割の供給力をもっています。

輸入前提の思考がもたらす盲点

問題は、その印象よりも、その先で「では輸入を増やすしかない」と考えてしまうことです。

「自給率が半分以下」という思い込みが議論のスタート地点になると、あらゆる対策が「輸入をいかに確保するか」という視点に偏ります。その瞬間、国内に残っている農地や、まだ活用できる資源をどう活かすかという発想が生まれにくくなります。数字から受ける印象が、足元にある可能性を隠してしまっているのです。

輸入は必要でも「増やすだけ」ではない

輸入は必要です。ただ、輸入ルートを増やすだけでは不安は残ります。国際情勢の不安定化や円安の影響を考えれば、輸入への過度な依存はリスクをむしろ積み上げることにもなります。

いざという時に国内でどこまで支えられるのか。その力を残しておくことも、食料安全保障の一部です。数字の低さを理由に安易に輸入依存を強めるのではなく、輸入と国内生産のバランスをどう最適化するかが、本来議論されるべき論点です。

輸入を語る前に国内資源を見る

輸入を増やす議論に飛びつく前に、国内で十分に活かせていない食料や農地がないかを見る必要があります。

国内で自給できているお米の消費を増やすことや、食品ロスの削減、遊休農地の活用など、足元で見直せる余地はまだまだ残っています。順番を変えるだけで、見えるものも変わります。「足りないから輸入」ではなく、「まだ使えていない国内の食料はないか」から考えられるようになります。

現場の「作る力」を見つめ直す

自給率の数字以上に深刻なのは、農業の担い手不足によって「作る力(自給力)」そのものが年々失われていることです。「半分以下だから仕方ない」と諦めている間にも、農地の荒廃や技術の断絶は進んでいます。

指標のからくりを理解した上で、この現場の危機にどう向き合うかが、統計上の数字を追うことよりずっと重要な課題です。

支える部分と頼る部分を分ける

これからの日本の食を考えるには、すべてを国内で賄おうとする無理な目標を掲げるのではなく、「支える部分」と「頼る部分」を切り分けることが必要です。

  • 国内で守り抜くべきもの:主食、生鮮野菜、種子や技術などの生産基盤
  • 海外の力を借りるもの:飼料穀物、油脂類、特定の熱帯産品など

こうしたメリハリのある議論をするためには、まず「日本は半分も作れない」という思い込みを脇に置き、実態を見ることが先です。そして、輸入の議論以上に直視しなければならないのが、国内で発生している「食の無駄」です。

【6】食料不足より食品ロスを見るべきではないか

「食料が足りないから自給率を上げなければならない」という議論の陰で、私たちは驚くほど多くの食べ物を捨てています。輸入を増やすことや生産量を増やすことを検討する前に、いま手元にある食料をどれだけ無駄にしているか。この事実に目を向けることは、自給率の議論において避けては通れない論点です。

食品ロスは食料だけの無駄ではない

食品ロスとは、まだ食べられる状態なのに捨てられてしまう食料のことです。日本の食品ロス量は、令和4年度の推計値で年間約472万トンにのぼります。

国民一人ひとりが毎日おにぎり1個分を捨てている計算ですが、「もったいない」という話だけでは終わりません。これほど大量の食料を捨てるということは、それを作るために使われた肥料やエサ、輸入にかかったエネルギーまで、すべて一緒に捨てていることを意味します。

足りないと言いながら捨てている矛盾

4章で、供給熱量ベース(38%)と摂取熱量ベース(46%)の間に8ポイントの差があることに触れました。この差には、流通の過程や家庭、外食などで食べられずに失われる食品ロスが大きく関係しています。

「自給率が低いから、もっと海外から輸入しなければならない」と言われる一方で、その輸入した食料も含めて大量に捨てている現状があります。穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなもので、足りないことを嘆く前に、まずはバケツの穴を塞ぐ議論が必要ではないでしょうか。

輸入の前に国内の無駄を省く

食品ロスを減らしても、統計上の「食料自給率」がそのまま上がるとは限りません。それでも、すでに国内に届いている食料を無駄なく使うことは、輸入依存を語る前に確認すべき現実的な対策です。

食品ロスが減れば、新しく輸入しなくても、実際に食べられる量は増えます。派手な政策ではありませんが、食料を安定して使うための現実的な一歩です。海外から新たな食料を確保するには、コストや国際交渉、輸送に伴う環境負荷が伴います。それに対し、国内の廃棄を減らすことは、すでにある資源を有効活用する、地に足のついたアプローチです。

社会全体で生まれる廃棄の山

食品ロスと聞くと「家庭での食べ残し」を想像しがちですが、実態はそれだけではありません。日本の食品ロスは、家庭から出るものと、メーカーや小売、飲食店といった事業活動から出るものが、ほぼ半分ずつの割合で発生しています。

個人が冷蔵庫を見直すことは大切です。でも、それだけで本当に足りるのでしょうか。食品ロスの半分が事業活動から出ているなら、企業や流通の仕組みも同じくらい見なければなりません。自給率の議論を「消費者のマナー」という枠に押し込めるのではなく、社会の仕組み全体の問題として捉え直す必要があります。

分類発生量主な内容
食品ロス総量約472万トン食べられるのに捨てられた総量
事業系食品ロス約236万トン食品製造、卸、小売、外食などで発生
家庭系食品ロス約236万トン食べ残し、直接廃棄、過剰除去など

出典:農林水産省・環境省「我が国の食品ロス発生量の推計値(令和4年度)」

無駄を減らすことも「自給」の形

自給率という数字は、単に「どれだけ作ったか」だけを問うものではありません。食品ロスが減れば、新しく輸入しなくても、実際に食べられる量は増えます。それは立派な食料安全保障の手段です。

【7】企業の食品ロスを見ずに輸入を語れるか

足りない分をどこから持ってくるか。その前に、運ばれてきた食料がなぜ途中で捨てられているのかを見る必要があります。自給率の低さを「生産力の不足」や「輸入の必要性」だけで語ることは、供給ルートの途中で起きている損失を無視することになります。

事業系食品ロスはどこで生まれるか

事業系食品ロスとは、食品メーカー、卸売・小売業、そして飲食店といったビジネスの過程で発生する廃棄のことです。日本の食品ロスの約半分にあたる年間約236万トンが、この現場から生まれています。

単なるミスだけが原因ではありません。日本の厳しい品質基準、消費者のニーズに応えようとするサービス、そして業界特有の商慣習が絡み合って発生しています。農家が丹精込めて作った作物が、消費者の口に届く前の段階で失われている。この現実は、自給率を語る上で見過ごせない穴です。

商習慣や販売都合で食料は捨てられる

企業で発生する食品ロスの背景には、「1/3ルール」に代表される日本独自の慣習があります。食品の製造日から賞味期限までの期間を「納入」「販売」「消費」の3つに均等に分け、期限が少しでも過ぎると、まだ食べられる状態であっても小売店が受け入れなかったり、棚から撤去したりする仕組みです。

欠品を恐れるあまりの過剰な在庫管理も、廃棄を生む要因です。「いつでも、新鮮なものが、豊富にある」という利便性を追求した結果、その裏側で多くの食料がコストとして切り捨てられています。輸入ルートを安定させることは大切です。ただ、その一方で流通の途中で食料が捨てられ続けているなら、食の安全保障を語るうえで大きな見落としになります。

家庭の努力だけにしてはいけない

食品ロスの削減と聞くと、「家で食べ残さない」といった個人の努力ばかりに注目しがちです。もちろん家庭での意識も大切ですが、それだけではビジネス構造の中に組み込まれた廃棄を止めることはできません。

自給率の議論を「消費者のマナー」という狭い枠組みに押し込めるのではなく、流通システム全体の問題として捉え直す必要があります。私たちがどのようなサービスを求めるのか、その選択の一つひとつが、実は日本の食料自給のあり方を左右しています。

まず外を見るのか、国内の無駄を見るのか

まず外を見るのか。それとも、国内で捨てている食料を見るのか。この順番を間違えると、38%という数字の読み方も変わってしまいます。

海外からの調達には、輸送コストや国際価格の変動リスクが常に付きまといます。一方で、国内の供給網で起きている無駄を省くことは、新たなリスクを負うことなく、実質的な供給量を増やすことと同じ効果をもたらします。

食料自給率は「食の扱い方」を問うている

食料自給率の議論は、「何%作ったか」という生産の記録だけでは終わりません。国内に届いた食料を、どれほど食べずに捨てているのか。輸入を増やす議論の前に、その無駄をどう減らすのか。その問いを抜きにして、日本の食の実態は語れないのではないでしょうか。

業種主な発生要因具体的な例
食品製造業製造工程でのロス包装不備、印字ミス、端材、新商品投入に伴う旧品の廃棄
卸・小売業厳しい商慣習・期限切れ1/3ルールによる納入期限切れ、返品、需要予測のズレ
外食産業食べ残し・仕込み過ぎ客の食べ残し、過剰な仕込み、期限切れ、予約キャンセル
共通要因品質・利便性の追求欠品防止、見た目を重視した選別、季節商品の大量廃棄

出典:農林水産省「食品ロスの現状と今後の施策について」

編集後記

38%という数字を聞くと、不安になります。でもその一方で、スーパーには国産の野菜が並び、家では食べきれなかったものを捨ててしまう日もある。食料自給率の話は、その矛盾を見ないままでは語れないのだと思います。

数字の低さだけを見て「日本は作れない国だ」と結論づけるのは、少し急ぎすぎかもしれません。別の指標で見れば5〜6割の供給力があり、現場では農家が今日も土地を守り続けています。一方で、担い手の不足や農地の荒廃は、統計には出にくいかたちで進んでいます。

データと生活の実感。その両方を手元に置きながら、今日のごはんを味わってもらえたら嬉しいです。

参照・参考サイト

農林水産省・日本の食料自給率
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html

農林水産省・食料自給率とは
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html

農林水産省・令和5年度食料自給率・食料自給力指標について
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/anpo/240808.html

農林水産省・世界の食料自給率
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/013.html

農林水産省・令和4年度の事業系食品ロス量が削減目標を達成!
https://www.maff.go.jp/j/press/shokuhin/recycle/240621.html

農林水産省・食品ロス・食品リサイクル
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/

執筆者:飛蝗
SEO対策やウェブサイトの改善に取り組む一方で、社会や経済、環境、そしてマーケティングにまつわるコラムも日々書いています。どんなテーマであっても、私が一貫して大事にしているのは、目の前の現象ではなく、その背後にある「構造」を見つめることです。 数字が動いたとき、そこには必ず誰かの行動が隠れています。市場の変化が起きる前には、静かに価値観がシフトしているものです。社会問題や環境に関するニュースも、実は長い時間をかけた因果の連なりの中にあります。 私は、その静かな流れを読み取り、言葉に置き換えることで、「今、なぜこれが起きているのか」を考えるきっかけとなる場所をつくりたいと思っています。 SEOライティングやサイト改善についてのご相談は、X(@nengoro_com)までお気軽にどうぞ。
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