僕には、サカナクションは「歌」というより、一つの「曲」として聞こえる。
もちろん、山口一郎の歌が弱いという話ではない。
むしろ声はかなり強く残る。
メロディーも、日本語の歌として口ずさめるものが多い。
それなのに聴き終わったあと、自分の中に残っているのは歌ではない。
ベースだったり、一定のリズムだったり、シンセの音だったりする。
歌詞の一節ではなく、曲が流れていた数分間そのものを思い出すこともある。
サカナクションの音楽を「ロックに電子音を取り入れたもの」とよく説明されているのを見かけるし、、たしかに間違いではないのだと思う。
ただ、それだけでは僕がつい何度も聴いてしまう理由までは説明できない。
日本語で歌えるメロディーがあり、その下で同じリズムやフレーズが繰り返される。
音が少し増える。
少し減る。
同じ場所を歩いているようなのに、さっきとは聞こえ方が違う。
僕が惹かれているのは、たぶんそちらだ。
そして少し面白いのは、曲作りにはかなり惹かれているのに、f歌詞にはときどき距離を感じることだ。
普通なら、その距離は曲から離れる理由になってもよさそうに思う。
けれどサカナクションでは、そうならない。
歌詞がすぐには入ってこなくても、また再生してしまう。
なぜなのか。
考えているうちに、自分はサカナクションを「歌」として聴いているわけではないのかもしれないと思うようになった。
音声でも聴けます
この記事の内容を、音声で聴きやすい形に再構成しています。 サカナクションの音楽が、なぜ自分には「歌」より「曲」として聞こえるのかを、 メロディー、リズム、反復、電子音、声の関係から、移動中や作業中にも聴いていただけます。
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歌謡的なメロディーの下で別の時間が流れている
サカナクションには、かなり親しみやすいメロディーがある。
電子音が多くても、歌まで無機質にはならない。
日本語をそのまま口に出して歌える感じが残っている。
僕には、ときどき歌謡曲やフォーク、そのもっと手前にある昔からの日本語の歌を思わせる瞬間もある。
音楽理論としてそう分類したいわけではない。
ただ、日本語と旋律が無理なく一緒に流れている。
その感じがある。
だから、シンセサイザーや打ち込みの音に馴染みがなくても、まず歌から入れる。
ここだけを聴けば、かなりポップだと思う。
けれど他の部分に耳を傾けると、別のものが聞こえてくる。
ベースやドラムが一定の流れを作り、その上をシンセやギターや声が行き来している。
電子音はバンドサウンドの飾りではない。
かといって、生楽器が中心にいて電子音がそれを補っているようにも聞こえない。
最初から全部が同じ曲の材料となっている。
歌を追って聴くこともできる。
リズムだけを追って聴くこともできる。
その二つが、同じ曲の中に重なっている。
僕がサカナクションを一つのジャンル名で考えにくいのは、このためなのだと思う。
ロックでもある。
電子音楽にも近い。
日本語のポップスとしても聴ける。
けれど、どれか一つを選ぶと、残りがこぼれる。
それよりも、親しみやすい歌が流れているその下で、もう一つ別の時間が動いていると考えたほうが、僕にはしっくりくる。
クラブミュージックっぽさは、電子音より反復にある
サカナクションについて「クラブミュージック的」という言葉が使われることがある。
四つ打ちやシンセがあるから、と考えると分かりやすい。
でも僕が感じるクラブミュージックっぽさは、少し違う。
同じフレーズを繰り返すこと。
その繰り返しを切らずに、小さく状態を変えていくこと。
僕には、そこがかなりクラブミュージックに近く聞こえる。
同じリズムが続く。
短いフレーズも続く。
大きく場面を変えないまま、何か一つ音が加わる。
しばらくすると別の音が消える。
それだけで、さっきまでと少し景色が変わる。
新しいメロディーを次々と出さなくても、時間が進んでいく。
僕は以前DJをしていた。
そのとき、一曲ずつの強さより、数十分や数時間の流れをどう作るかをよく考えていた。
どこで音を落ち着かせるか。
どこで上げるか。
どのくらい同じ状態を続けるか。
派手な曲をつなげれば、それだけで気持ちのいいセットになるわけではない。
むしろ同じグルーヴをしばらく保ったあとで、ほんの少し何かが変わったときのほうが強く感じることもある。
そんな聴き方をしてきたからなのか、サカナクションでも同じところに耳が向く。
何の電子音を使っているかより、どれだけ同じ流れを続けられるか。
そして、その流れを壊さずにどう変化させているか。
僕が「クラブミュージック的」と感じているのは、たぶんそこだ。
※グルーヴ:同じリズムや反復が続く中で、身体に残る流れ。
言葉にすると少し固い。
実際には、もっと単純なものだと思う。
気づくと体が同じ周期を覚えている。
曲が先へ進んでいるのに、頭の中にその周期だけは残っている。
サカナクションには、そういう曲がある。
僕は「一度で耳をつかむ曲」より「10回聴ける曲」が好きだ
音楽を聴いていて、ときどき考えることがある。
一度聴いただけで強く残る曲と、何度も聴ける曲は、同じものなのだろうか。
もちろん両方を持っている曲もある。
ただ、自分の好みを考えると、少し違う。
僕は昔から、一度で耳をつかまれることより、繰り返しても疲れないことのほうを気にしている。
自分の中では「10回続けて聴けるか」と考えることがある。
本当に10回再生する必要はない。
数字そのものにはたいした意味もない。
聴き終えたあと、もう一度最初から流れても嫌ではないか。
サビを待たずに、曲の途中をそのまま聴いていられるか。
何度か聴いたあとにも、まだ気になる音が残っているか。
そういうことを確かめるという意味だ。
サカナクションには、この基準で好きになる曲が多い。
一回目は歌を聴いている。
次はベースが気になる。
その次には、シンセの短い音が耳につく。
しばらく聴いていると、山口一郎の声が入る場所ばかり追っていることもある。
曲は変わっていない。
こちらの耳が動いている。
大きな展開が少ない曲では、とくにそれが起きやすい。
「次に何が来るのか」ではなく、今鳴っているものを聴く時間が長くなるからだと思う。
展開が少ないことは、ときに単調さにもなる。
反復していれば、それだけで面白いわけではない。
けれど同じ流れの中に小さな変化が残っていると、二回目には二回目の聞こえ方がある。
自分がまだ拾っていない音がある。
その感じがあると、また最初から聴きたくなる。
僕にとっての「飽きない」は、次々と新しいものが出てくることではないらしい。
同じものの中に、まだ聴いていない場所があることなのだと思う。
山口一郎の声も、一つの音として聞こえる
サカナクションを聴いていると、歌手が前にいて、その後ろに伴奏がある、という感じが薄くなることがある。
もちろんボーカルは中心にいる。
歌詞もメロディーもある。
それでも耳は、ずっと声だけに縛られない。
声を聴いていたはずなのに、気づけばベースを追っている。
シンセを聴いていたところへ、声がリズムの一部のように入ってくる。
そういう行き来が起きる。
僕はもともと、歌を特別扱いして聴くほうではない。
声もギターもシンセも、曲の中にある音の一つとして聴く癖がある。
意味のある言葉を発しているから、声にはもちろん他の楽器とは違う働きがある。
ただ、意味だけが声の役割ではない。
どこで言葉を切るか。
どの音節を強くするか。
どのくらい伸ばすか。
どこで力を抜くか。
それだけで声はリズムになる。
日本語としては一続きの言葉なのに、歌になると細かく分かれて聞こえることもある。
逆に、いくつもの音節が一つの音のようにつながることもある。
その瞬間、僕は歌詞の意味より先に音を聴いている。
発音の間隔だったり、母音の響きだったりする。
声が引いた瞬間には、別の楽器が前へ出る。
また声が戻る。
曲の中心が少しずつ動く。
だからサカナクションを聴いていると、「歌に伴奏がついている」という感じから離れていく。
声も含めて、一つの曲が動いている。
冒頭で書いた「歌より曲として聞こえる」という感覚は、たぶんここから来ている。
声の高さやファルセット、アレンジによって歌詞の届き方がどう変わるのかについては、以前の「最近の曲の高音化をどう見る?SNS時代の歌声と歌詞」で考えた。
今回はそこから少し先へ進んで、歌詞がすぐには入ってこないのに、なぜサカナクションを何度も聴いてしまうのかを考えてみたい。
歌詞は分かるのに、すぐには入ってこない
曲作りにはかなり惹かれる。
一方で、歌詞になると少し距離がある。
これは自分でも長いあいだ不思議だった。
サカナクションの歌詞には、知らない難しい単語ばかりが並んでいるわけではない。
むしろ一つひとつの言葉は平易だと思う。
それなのに、一度聴いただけでは意味が自分の中まで入ってこないことがある。
言葉は聞こえている。
でも、その言葉同士がどこで結びついているのかを考える時間がいる。
比喩があり、情景があり、その意味までは説明されない。
文章として読めば追えるのに、曲の中ではリズムや響きのほうが先に届くこともある。
僕の場合、何度か聴いたあとで急に一つの言葉が気になる。
そこで初めて歌詞を読み、前後を考えることもある。
意味が分からないわけではない。
意味に着くまでに少し時間がかかる。
そんな感じだ。
僕自身、以前はよく詩を書いていた。
最初のころは、難しい言葉や凝った言い回しを使うことに惹かれていた。
書き続けるうちに、少しずつ考え方が変わった。
なるべく平易な言葉を使いたいと思うようになった。
ただ、感情をそのまま説明したいわけではなかった。
「悲しい」と書かずに、その悲しさに近いところへどう連れていくか。
「好き」と書かずに、読んだあとに好きだったことだけが残るようなものを書けないか。
暗喩もよく使った。
一つの世界観を別の物語へ丸ごと置き換えるような書き方だった。
元になった意味を読み解けなくてもいい。
表面にある話だけを読んだ人にも、なるべく同じ温度が残ってほしかった。
言葉で説明しなくても、感情は先に届いてほしい。
ずっとそんなことを考えていた。
だからなのかもしれない。
サカナクションの歌詞を聴くと、ときどき自分とは違う道を通っているように感じる。
直接言わないことには共感する。
比喩を使うことも好きだ。
それでも、意味へ入っていくまでに何度か扉を開ける必要があるように感じることがある。
そこには少し距離が残る。
以前、作詞家の松本隆が作詞についての話を語っていたTVを見ていたとき、妙に心に残ったことがある。
最初にあるのは、まだ言葉になっていない曖昧なもの。
そこから余計なものを少しずつ取り除き、最後に歌詞が残る。
そんな趣旨の話だった。
「好き」とそのまま書くのではなく、「好き」といわずにどう「好き」を伝えるのかが作詞なのだ、という考え方にも惹かれた。
僕が詩でやろうとしていたことにも近かった。
直接言わない。
でも、遠ざけすぎない。
この二つは、似ているようで少し違う。
サカナクションの歌詞に感じる距離は、たぶんそこにある。
ただ、その距離を欠点だとは思っていない。
むしろ不思議なのは、歌詞には距離があるのに、曲からは離れないことのほうだ。
歌詞に入りきれなくても、曲からは何かを受け取っている
以前は、好きな音楽なら歌詞にも強く共感するものだと思っていた。
曲が好きなら、歌詞も好き。
なんとなく、その二つを一緒に考えていた。
けれどサカナクションを聴いていると、そうでもないと分かった。
反復の作り方が好きだ。
ベースの動きが好きだ。
音を増やしたり減らしたりしながら、同じ流れを長く持たせる感じも好きだ。
声が歌詞を伝えるだけでなく、曲の中に混ざっていく感じも好きだ。
歌詞だけを読むと、自分とは少し離れたところにいる。
それでも再生すると、かなり近くまで来る。
音楽から受け取る感情は、言葉だけから来るものではないのだと思う。
メロディーから受け取るものがある。
低音から受け取るものもある。
同じリズムが長く続くこと自体が、気分を少し変えることもある。
声が強くなる場所や、逆に消えそうになる場所から受け取るものもある。
歌詞の意味を考えていないのに、なぜか寂しく聞こえることがある。
逆に、言葉だけを読むと静かなのに、曲になると妙に高揚することもある。
どちらが正しいということではない。
音楽では、いくつものものが同時に鳴っている。
サカナクションは、その同時に鳴っている感じが強いバンドなのだと思う。
声。
メロディー。
ベース。
ドラム。
シンセ。
ギター。
言葉。
それぞれを切り離して評価するより、一緒に鳴っている時間を聴いたほうが、僕には自然だ。
その意味では、少し総合芸術に近い感覚もある。
映像やライブ演出まで含めて、という意味ではない。
曲の中にあるものだけでも、それぞれが単独で存在せず、一緒になって一つの世界を作っている。
歌だけでは届かなかったものが、曲になると届く。
サカナクションを聴いていると、ときどきそんな感覚に襲われる。
有名曲の少し先を聴いてみる
もしサカナクションの有名曲しか知らないなら、少しだけその先も聴いてみてほしいと思う。
代表曲を否定したいわけではない。
一度で耳に残る曲には、その曲にしかない強さがある。
ただ、僕がサカナクションに惹かれている場所は、もう少しキャッチーではない側にもある。
大きく展開しない曲。
同じリズムが長く続く曲。
一度目には地味に聞こえる曲。
そんな曲を一曲だけ、何度か聴く。
最初は普通に聴けばいい。
次はドラムだけを追う。
その次はベースを追う。
さらに声がどの位置に置かれているかを聴いてみる。
そうすると、さっきと同じ曲なのに少し違って聞こえることがある。
歌詞が分からなければ、そのままでもいい。
意味を読む前に、声がどんな音として鳴っているのかを聴いてみてもいい。
僕はそうやってサカナクションを聴いている。
そして何度か聴いたあとで、結局また同じ曲を再生している。
歌詞には、まだ少し距離がある。
それでも曲は近い。
たぶん僕にとってサカナクションは、「歌を聴くバンド」ではない。
声も言葉も、そのほかの音も全部含めて。
曲そのものを聴くバンドなのだ。
参照・参考サイト
ビクターエンタテインメント・Ch.VI「注目アーティスト:サカナクション 彼らが追求する“中間を射抜く音楽”」
https://www.jvcmusic.co.jp/chvi/sakanaction/index.html
芸団協CPRA・PLAZA INTERVIEW「vol.033 ミュージックシーンに新感覚を送る」
https://www.cpra.jp/library/plaza_interview/vol033.html
TOKYO FM・SCHOOL OF LOCK!「サカナクション山口一郎先生が登場!」
https://www.tfm.co.jp/lock/staff/index.php%40itemid%3D553%26catid%3D36.html
TOKYO FM・サカナLOCKS!「宿題『ストラクチャー』の歌詞を考えよ!の採点」
https://tfm.co.jp/lock/sakana/index.php%40itemid%3D946%26catid%3D17.html
ソニーミュージック「『ダフト・パンクの聴き方はグルーヴ』サカナクション山口一郎氏が、ダフト・パンクを語る!」
https://www.sonymusic.co.jp/artist/daftpunk/info/437086
J-STAGE・バイオメカニズム学会誌「巧みな音楽家の演奏にみられる時間のゆらぎとグルーヴ」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/44/4/44_217/_article/-char/ja



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