文化は、続けた時間の中にある

essay10_culture-process_MV エッセイ

文化があるものには、なんとなく「厚み」を感じる。

うまく説明できないけれど、細かなところまで雑に作られていない感じがする。

逆に、長く続いていたものが、損得であっさり終わってしまうのを見ると、少し惜しいと思う。

そのまま続けていたら、もっと違うものになっていたかもしれない。

技術だけではなく、その中にある考え方まで、誰かに渡っていたかもしれない。

そんなことを考えていたら、「文化って、完成したものではないのかもしれない」と思うようになった。

何かを目指して、続けて、次の人へ渡していく。

文化は、その途中にあるものなのかもいれない。

音声でも聴けます

この記事の内容を、音声で聴きやすい形に再構成しています。 「神は細部に宿る」という言葉の背景を、完成した細部だけでなく、 文化が続いてきた時間や積み重ねという視点から、移動中や作業中にも聴いていただけます。

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1.文化があるものには、なぜ「質」を感じるのか

文化があるものを見ていると、細かなところに目がいく。

たぶん、自分が感じている「厚み」は、そのあたりにある。

数字では説明しにくい完成度がある

技術の世界では、数字で比べられるものが多い。

速いか遅いか。

性能が高いか低いか。

売れたか、売れなかったか。

でも、それだけでは説明できないものもある。

それほど売れていなくても、妙に完成度が高いと感じるものがある。

逆に、性能も十分で、よく売れているのに、なぜか同じ感じはしないものもある。

違いはどこにあるのだろう。

自分が気になるのは、ちょっとしたとこだ。

どこまで仕上げているのか。

どこまで妥協しているのか。

小さな違和感を直すのか、そのままにするのか。

そういうところに、そのものを作ってきた人たちの基準が出るように思う。

ただ、その基準がどうやって生まれるのかは、まだよく分からない。

「神は細部に宿る」という感覚

「神は細部に宿る」という言葉がある。

建築家のルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの言葉として紹介されることが多いけれど、起源についてはいくつか説がある。

出典:The Museum of Modern Art「Ludwig Mies van der Rohe」

出典:国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『神は細部に宿る』は誰が言った言葉か。」

自分はこの言葉を、「細かいとこにまでこだわる」という意味では受け取っていない。

むしろ、最後には細かなところに出てしまう、という感じに近い。

何を大事にしているのか。

どこまでやるのか。

何を許して、何を許さないのか。

そういうものが、細部には残る。

だとすると、その細かな判断はどこからやってくるんだろう。

一人の才能なのか。

それとも、長く続けてきた時間の中で、少しずつ積み重なっていくものなのか。

2.続けていれば、文化になったのではないか

そう考えると、今度は「続けること」が気になってくる。

途中で終わったものを見ると、ときどき惜しいと思う。

途中でやめてしまうことへの「惜しさ」

企業スポーツやモータースポーツを見ていると、その感覚が強い。

たとえばトヨタは2002年からF1に参戦し、2009年を最後に撤退した。

トヨタ自身も、F1で技術開発や人材育成など多くのものを得た一方で、厳しい経営環境を理由に撤退を決めたと説明している。

出典:トヨタ自動車「トヨタ、F1からの撤退を発表」

もちろん、企業だから経営判断はある。

続けることだけが正しいとも思わない。

それでも、そこで時間が切れてしまったことには、やっぱり少し惜しさを感じる。

続けていたら、そこからまた別の技術が生まれていたかもしれない。

別の人が入り、その経験を受け取っていたかもしれない。

ハースF1チーム代表の小松礼雄氏も、企業の利益だけを目的にしていては、モータースポーツ文化は根付かないという趣旨の話をしている。

出典:PRESIDENT Online「豊田章男『正直に言ってくれるのは君くらい』…トヨタ車を魅力がないと酷評したF1チーム代表と手を組んだ理由」

この話を読んだとき、自分が感じていた「惜しい」にかなり近いと思った。

失ったのは、勝ち負けだけではない。

その先に続いていたかもしれない時間そのものなのだと思う。

最初は「損得では文化にならない」と思った

そこから最初に出てきたのが、「損得では文化にならない」という考えだった。

利益があるから続ける。

なくなったからやめる。

それだけで決めていたら、文化になるところまで続かないのではないか。

うまくいかない時期もある。

結果が出ない時間もある。

でも、そういう時間まで含めて続いたものが、あとから何かになるのかもしれない。

だから最初は、かなり単純にそう思っていた。

ただ、少し考えると引っかかる。

商売として成り立っていて、それでも文化と呼びたくなるものは普通にある。

だとすると、問題は「利益があるかどうか」ではなさそうだ。

3.問題なのは利益ではなく、何をゴールにするか

「損得では文化にならない」と思っていたけれど、どうもそれだけでは足りない。

利益を出しながら、長く続いている文化は普通にある。

利益を出していても文化は存在する

文化を続けるにも、お金はいる。

人が働けば生活があるし、設備を使えば維持費もかかる。

新しいことをやろうとすれば、そのぶん資金も必要になる。

売れるから続けられることもある。

利益が出たから、次のことを試せる場合もある。

そう考えると、利益があること自体を問題にするのは違う気がしてきた。

自分が引っかかっていたのは、利益が出なくなったときに、それまで目指していたものまで一緒に手放してしまうことだった。

たぶん、利益があるかどうかではない。

その利益を、何のために使っているのか。

そっちのほうが気になる。

損得とゴールがぶつかったとき、何を選ぶのか

たとえば、より良い技術を作りたいと思っているとする。

ある表現をもっとつきつめてもいい。

今までの伝統を守りたいでもいい。

そのために利益が必要なら、利益は続けるための手段になる。

でも、本来やりたかったことと利益がぶつかったときは、少し話が変わる。

もっと儲かるけれど、自分たちが目指していたものから外れる。

それでもそちらを選ぶのか。

逆に、短期的には不利でも、「ここは変えない」と決めるのか。

そういうところに、その活動が何を一番上に置いているのかが出るように思う。

伝統を守ることが一番の目的なら、新しい技術を使うかどうかも、その目的に合うかで決まる。

昔からある方法だから残す、ということではない。

逆に、新しい方法でも、守りたいものを残せるなら使えるかもしれない。

ここまで考えて、最初の「損得では文化にならない」という言い方は、少し違ったのだと思った。

気になっていたのは損得そのものではなく、何を一番大きなゴールにしているかだった。

では、そのゴールはどんなものなのか。

一つの製品を完成させることなのか。

一度勝つことなのか。

それとも、もっと先にあるものなのか。

4.いまの完成品は、まだ「10%」かもしれない

ゴールのことを考えていると、もう一つ気になることが出てきた。

そのゴールは、本当に「ここまで来たら終わり」と言えるものなのだろうか。

「まだやりたいことの10%しかできていない」

ものづくりや技術の話を聞いていると、「まだやりたいことの10%しかできていない」というような言葉が出てくることがある。

もちろん、この10%は厳密な数字ではない。

でも、この感覚はわりと好きだ。

一つの製品としては完成している。

世の中に出せるし、誰かが使うこともできる。

それでも、作っている側からすると「まだ途中」だったりする。

もっとこうしたい。

ここはまだ足りない。

そういうものが残っている。

外から見れば完成品なのに、中から見るとまだ先がある。

その感じは、文化を考えるときにも近い気がする。

今あるものを完成形として置くのではなく、その時点まで来たものとして見る。

そうすると、その次が自然に出てくる。

100%は完成形ではなく、向かう方向に近い

では、その先にある100%は何なのか。

最初は、どこかに理想の完成形があって、そこへ近づいていくように考えていた。

でも、たぶんそんなに単純ではない。

10%から20%へ進んだころには、最初に思っていた100%そのものが変わっているかもしれない。

技術が進めば、今まで見えなかったことも見えてくる。

一つできれば、その先でまた別のことをやりたくなる。

だから、自分が考えている100%は、完成形というより「向かう方向」に近い。

たとえば、「世界の万人が幸せに暮らせるようにする」と考えても、どこまで行けば達成なのかは分からない。

でも、その方向へ進むことはできる。

技術を良くする。

ものを作る。

今より少し先へ進む。

その一つひとつは、途中結果として残る。

そう考えると、文化の中で作られるものは、完成品でありながら、同時に途中でもある。

そして途中だったなら、誰かが続けることになる。

5.文化は、未完成の仕事を次の人へ渡していく

途中にあるものなら、一人で最後までやり切る必要はない。

むしろ、その続きを誰かに渡せることのほうが大事なのかもしれない。

継承するのは完成品ではなく、その先へ進むためのもの

前の世代がやってきたことを、そのまま真似するだけなら「継承」とは少し違う気がする。

何を試したのか。

何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか。

なぜ今の形になっているのか。

そこまで受け取れれば、次の人はゼロから始めなくていい。

今あるものを守りながら、変えたほうがいいところは変えられる。

もちろん、文化によっては「変えないこと」が大事な場合もある。

でも、その場合でも、守りたいものと、守るための方法は同じではない。

自分が思う継承は、形を止めることではない。

先人がどこを目指して、どこまで来たのかを受け取ることに近い。

そこから先は、また次の人が考える。

技術を渡すとき、思想も一緒に渡っている

技術を教えるとき、伝わっているのは手順だけではないと思う。

この部分はもう少し丁寧にやる。

このくらいなら直す。

ここだけは妥協しない。

そういう判断も、一緒に伝わっていく。

職業教育における職場学習を扱った文献レビューでも、熟練者と見習いが一緒に働くことや、仕事上のコツを説明することが、言葉にしにくい知識の共有に関わるとされている。

出典:Empirical Research in Vocational Education and Training「Guiding workplace learning in vocational education and training: a literature review」

もちろん、この研究が「思想まで継承される」と言っているわけではない。

そこから先は、自分が考えていることになる。

仕事を一緒にしていると、「どうやるか」だけではなく、「なぜそこまでやるのか」も伝わっていくように思う。

どこで完成とするのか。

何を良い仕事とするのか。

そういった基準は、マニュアルだけでは残りにくい。

技術の中には、その人たちが何を目指していたのかも少し混ざっている。

だから、技術が途切れることを、単なるノウハウの損失だとは思えない。

継承は、過去を残すためだけにあるのではない。

まだできていないものを作るために、過去から受け取る。

自分には、そのほうがしっくりくる。

6.積み重ねた時間は、最後に細部へ現れる

ここまで考えてきて、最初の「厚み」の話に戻ってきた。

長く続いたから質が高い、ということではない。

でも、続ける中で積み重なったものは、たぶん最後に細かなところへ出る。

失敗も、続けば次の判断材料になる

技術の世界では、やったことがそのまま成果につながるとは限らない。

思ったほど性能が出ないこともある。

狙っていたものと違う結果になることもある。

そのときだけ見れば、失敗で終わる。

でも、そこで終わらなければ、その失敗は次に使える。

何が悪かったのか。

どこまでは合っていたのか。

次は何を変えるのか。

一度やったからこそ分かることがある。

もちろん、続ければいつか必ずうまくいくわけではない。

それでも、前の失敗を持ったまま次へ進めることには意味があると思う。

だから、自分が途中でやめることに感じていた「惜しさ」も、たぶんここにある。

失敗したことが惜しいのではない。

その失敗の続きを試す時間まで、そこで終わってしまうことが惜しい。

「神は細部に宿る」と「文化はプロセス」がつながる場所

最初に、「神は細部に宿る」という言葉が気になっていた。

今は、その意味が少し違って見える。

何度も作る。

失敗する。

直す。

それを次の人に渡す。

その繰り返しの中で、「ここまではやる」とか「これは許さない」といった基準が少しずつ残っていく。

その中には技術だけではなく、何を良いものとするかという考え方も混ざっている。

それが、最後には細部に出る。

どこまで仕上げるのか。

小さな違和感を直すのか。

見えないところまでやるのか。

そういうところに、それまでの時間が出てしまう。

だから、「神は細部に宿る」という言葉と、「文化はプロセス」という考えは、自分の中ではつながっている。

細部は、積み重ねたものが見える場所。

文化は、そこにたどり着くまでの時間。

最初に感じていた「厚み」は、そういうものだったのかもしれない。

参照・参考サイト

The Museum of Modern Art「Ludwig Mies van der Rohe」
https://www.moma.org/collection/artists/7166

国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『神は細部に宿る』は誰が言った言葉か。」
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000080409&page=ref_view

トヨタ自動車「トヨタ、F1からの撤退を発表」
https://global.toyota/en/detail/1287997

PRESIDENT Online「豊田章男『正直に言ってくれるのは君くらい』…トヨタ車を魅力がないと酷評したF1チーム代表と手を組んだ理由」
https://president.jp/articles/-/118262

Empirical Research in Vocational Education and Training「Guiding workplace learning in vocational education and training: a literature review」
https://link.springer.com/article/10.1186/s40461-017-0053-4

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