SNSで「地方のイオンモールにいるこういう服装、本当に嫌い」という投稿が話題になりました。青シャツにベージュのチノパン、ボディバッグ。どこにでもいる平凡な格好をあおる文面に、なぜか目が留まり、妙に引っかかる。「自分も周りからそう見られているのかも」と、急に落ち着かない気持ちになった人もいるかもしれません。
不安訴求マーケティングとは、こうした不安や恥、焦りをきっかけに、検索や購買への流れを作る考え方です。ネットの煽りや炎上は目立つ入り口に過ぎません。この記事で扱うのは、一見すると広告だと気づかれない「心理的マーケティング」の領域です。
特定の商品をいきなり売り込むのではなく、受け取り手の感情を動かし、その商品が必要に見える心理状態(土壌)を与える情報設計。そこに、この手法の狙いがあります。
この記事では、不安や怒りなどの感情がどう需要につながるかを紐解きます。ステマとの違いや広告の境界線にも触れ、生活者が煽りと距離を置く方法、マーケターが感情を扱う際の点検ポイントを考えます。

【1】問題は炎上ではなく感情の動きにある
炎上投稿や煽り投稿を目にすると、つい「誰の仕掛けだろう」「広告なのだろうか」「誰が得しているんだろう」と裏側を探りたくなります。けれど、不安訴求マーケティングの仕組みを紐解くとき、発信者の正体を突き止めることはそれほど重要ではありません。
大切なのは、その情報に触れたとき、自分の心がどう波立ったか。
怒り、不安、恥、焦り。そうした感情が動いた瞬間、ただの投稿だったはずの情報は、新しい「需要」を呼び起こす入り口へと姿を変えます。
炎上マーケティングは感情を動かす入口
炎上マーケティングは、怒りや違和感をフックに注目を集め、拡散を狙う手法です。ただ、ここで考えたいのは「どうやって炎上を起こすか」ではありません。
- 怒りのあまり、つい反論したくなる
- 違和感を覚えて、内容を確かめたくなる
- 不安がよぎり、自分ごととして捉えてしまう
炎上は、感情を揺さぶる最初の波に過ぎません。その波が引いたあとに、どのような問題意識が残るのか。そこにこの手法の核があります。
広告に見えない情報は警戒されにくい
私たちは「広告」だと分かっているものには、自然と身構えます。一方で、ニュースのような体裁の投稿や、誰かのリアルな本音、世論のように見える空気に対しては、つい警戒を緩めてしまいがちです。
- 具体的な商品名がどこにも出ていない
- 個人の純粋な問題提起のように見える
- 「これが多数派の意見だ」と受け止めてしまう
売り込みの気配がない情報ほど、すんなりと心に入り込んでくるもの。だからこそ、表面的な見た目ではなく、自分の動いた感情に目を向ける。そこからしか、情報の本当の姿は見えてきません。
心理的マーケティングは商品より先に感情を動かす
この記事で扱う「心理的マーケティング」とは、商品を直接売る前に、不安や恥、劣等感、所属欲求といった感情を刺激し、需要が生まれやすい状態を作る手法のことです。
最初から商品名が明かされることはありません。まずは「このままで大丈夫だろうか」という揺らぎが生まれ、その後に検索や比較といった行動が始まります。
何が売られているか。それを追う前に、何が「問題」として演出されているのか。そこを見つめることが、情報と向き合う出発点になります。
音声で聴く
この記事の内容を、Podcast形式の動画にもまとめました。不安や恥、怒りといった感情が、検索や購買、業界需要にどうつながるのかを、音声で整理したい方はこちらから聴けます。
【2】ステマより見えにくい心理的マーケティング

ステルスマーケティング(ステマ)は、広告であることを隠す表示の仕組みです。一方で、広告だと気づかれない心理的マーケティングは、それ以上に捉えにくいところがあります。特定の商品を具体的にすすめないまま、人々の感情や周囲の空気を動かし、自然と需要が生まれる状態を作り出してしまうからです。
ステマは広告であることを隠す表示
ステマとは、実際には広告や宣伝であるにもかかわらず、そうとは分からない形で一般の投稿や口コミを装う表示のことです。
- 事業者の意向が投稿内容に反映されている
- 発信者のピュアな感想のように見える
- 読み手が広告であると判別しにくい
たとえば、商品提供を条件に、事業者の意向に沿った投稿を暗示的にでも求めた場合は、ステマに該当する可能性があります。問題の根底にあるのは、それが広告なのか、個人の好意的な意見なのかを、消費者が自主的に選べなくなる点にあります。
ステマ規制では誰が表示させたかが見られる
ステマ規制において焦点となるのは、発信者が有名人か一般人かという点ではありません。その表示の背後に「事業者の関与」があるかどうかが厳しく見られます。
- 投稿内容に事業者の依頼や指示、一定のコントロールがある
- 自社に都合のいい内容だけを選んで掲載させている
- 広告やPRであることが明瞭に表示されていない
こうした関与は、画面のこちら側にいる読者からはなかなか見えません。だからこそ、「誰が発信しているか」の奥にある、「誰の意向が働いているか」を見極める目が必要になってきます。
措置命令事例から広告表示の境界を見る
実際の措置命令事例を振り返ると、ステマが問題視されるのは「内容が嘘か本当か」という点だけではありません。広告であることを伏せたまま、読者の選択肢を狭めてしまう点にあります。
| 種類 | 見え方 | 読者の警戒 |
| 通常広告 | 広告だと一目で分かる | 身構えて警戒しやすい |
| ステマ | 口コミや自然な投稿に見える | 警戒心が緩みやすい |
| 炎上マーケティング | 問題提起や煽りに見える | 感情が先走りしやすい |
| 心理的マーケティング | 世論や個人の本音に見える | 自分で判断したと思いやすい |
出典:消費者庁「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」
こうした境界線を知るのは、法律の条文を知るためではありません。
PR表記の有無や、誰に都合のよい内容なのかを、読む側が一度立ち止まって確認するためです。
ニュース風や本音風の情報は信頼性を借りて警戒されにくい
社会的なニュースや誰かの本音を装った情報は、一般的な広告に比べてノイズが少なく、すっと心に馴染みます。売り込みではなく、純粋な「問題提起」として受け取ってしまうのです。
- 社会問題を取り上げるニュースのように見える
- ひとりの生活者の生々しい体験談に見える
- 「みんながそう言っている」という空気に見える
この形をとられると、読者は広告を見せられたという感覚をほとんど持ちません。心理的マーケティングの本当の恐さは、このようにして自然と警戒心のフィルターが引き下げられてしまう点にあります。
広告主が見えないまま需要が作られることがある
広告に見えない心理的マーケティングの最大の特徴は、そこに具体的な商品名が一切出てこないケースがあることです。それでも、世の中に不安や違和感の種がまかれれば、結果としてその市場全体に大きな需要が生まれます。
- 特定の商品ではなく、ある「悩み」そのものが広がっていく
- 解決方法を知りたくて、自発的に検索を始める
- 選択肢や購入候補が、後から自然と目の前に現れる
大事なのは、誰が裏で仕掛けたのかを探すことではありません。
その投稿を見たあとに、自分がどんな言葉で検索しそうになるのか。そこを追うほうが、情報の影響は見えやすくなります。
【3】心理的マーケティングは先に不安を作る

この手法は商品が目の前に出てきません。そうではなく、私たちの心の中に「今のままで、本当に大丈夫だろうか」という小さなモヤモヤを広げるところから始まります。
何を売ろうとしているのか。そこを追いかける前に、まずは「どのような状態を問題だと仕掛けているのか」を眺めてみる。それが、情報の意図を紐解く手がかりになります。
普通の状態を問題として見せる
それまでは特に気にしていなかったはずの日常が、ある日を境に急に見過ごせない欠点のように思えてくる。不安訴求の多くは、こうした心の揺らぎを利用します。
たとえば、年齢を重ねることによる自然な変化を「劣化」と言い換えてみせる。あるいは、誰もが通る普通の迷いを「判断力の低さ」と表現したり、よくある小さな不便を「今すぐ直さなければ大損するリスク」として提示したりする。
こうして普通のはずの状態が「問題」にすり替えられたとき、意識は外ではなく自分自身へと向かいます。「もしかして、自分も当てはまっているのではないか」という焦りが、解決策を探さずにはいられない心理の入り口になるのです。
【関連記事】「普通でいいのに難しい」──誰もが口にする“普通”の正体を、少し考えてみる
不安、恥、劣等感が正解探しを生む
心がざわつくと、人は一刻も早くその不快感を打ち消し、安心できる「正解」を求めたくなります。特に不安や恥、劣等感といった感情は、自分を否定されたくないという防衛本能を刺激し、次の行動へ直結しやすい性質を持っています。
| 感情 | 起きやすい心理 | 起きやすい行動 |
| 不安 | 損をすることや失敗を避けたい | 情報を検索する |
| 恥 | 周囲から悪く見られたくない | 他者と比較する |
| 劣等感 | 自分だけが遅れている気がする | 正解を探しにいく |
| 怒り | 相手に反論し、正義を証明したい | 情報を共有・拡散する |
出典:J-STAGE「ソーシャルマーケティングにおける感情訴求の有効性についての検討」等の消費者行動研究
感情が動くこと自体は、生き物として自然な反応です。ただ、その揺らぎが大きければ大きいほど、視野は狭くなり、目の前の情報に飛びつきやすくなる側面は否定できません。
第三者の声や多数派の空気が自分の判断を後押しする
ひとたび心に不安の種がまかれると、今度は「自分だけが過剰に気にしているのではないか」という不安が重なります。そこへ絶妙なタイミングで届くのが、第三者の声や、多数派の空気です。
専門家を思わせる肩書のコメントが載っていれば、それが頼もしい安心材料に思えてくる。ずらりと並んだ口コミや体験談は、不安の現実味をいや増していく。そして「みんなが気にしている」という空気に包まれると、じっくり考える間もなく、判断を急いでしまう。
この段階に達すると、押し売りされている感覚はどこにもありません。むしろ「自分の意志で選んでいる」と思い込んでしまいがちですが、その判断の手前には、あらかじめ不安と安心のレールが丁寧に敷かれているケースも少なくないのです。
日本人の同調しやすさが所属欲求に影響することがある
「日本人は同調しやすい」と決めつけるのは乱暴かもしれません。それでも、私たちの日常において「周囲から浮きたくない」「場の空気を乱したくない」という感覚が、選択の大きな要因になることは多々あります。
自分だけが知らない状態を恐れ、周りと違う道を選ぶことに怯える。だからこそ、多数派に近い選択肢が見えると、それだけでホッと胸をなでおろす。
集団に所属していたいという切実な欲求は、時に商品そのものの価値以上に、「これを選んでおけば波風が立たない」という安心感へと結びつきます。心理的マーケティングは、この心の防衛線にも、そっと手を伸ばしてくるのです。
【関連記事】他人の幸せを喜べないのはなぜか|日本社会の怖さと日本人の特性を考える
不安訴求は解決策がなければ反発を招きやすい
不安や恐怖を刺激するアプローチは、人々の問題意識を呼び覚ます上で強い力を持ちます。しかし、ただ不安を煽り立てるだけで、納得のいく解決策や道標を示さない情報は、いずれ読み手の強い反発を招くことになります。
不安を扱うなら、受け取り手が次に何を確認すればいいのかまで置いておきたいところです。
「あなたは確実に損をしている」と言い切るよりも、「見落としやすい点があります」と伝えたほうが、読む側も落ち着いて判断できます。
不安だけを残す情報は、一時的に反応を集めても、あとから不信感として返ってくることがあります。だからこそ、焦らせる言葉よりも、読者が自分で考えられる材料を残す表現のほうが安全です。
【4】怒りは拡散を生み、不安は検索を生む

心が動かされたとき、人はなにかしらの行動を起こします。ただ、その行き先は感情の種類によって異なります。
怒りは外へと向かい、不安は内へと潜る。恥や焦りは、決断を急がせる。
それぞれの感情がどのように次のアクションへとつながっていくのか、その動線を眺めてみます。
怒りは反論や共有を生みやすい
怒りは、ただ黙って受け流すことが難しい感情です。特にSNSの上では、その行き場のないエネルギーが、そのまま強い拡散力へと変わります。
「これは間違っている」と突き動かされるように反論のコメントを書き込む。あるいは、「こんな酷い話がある」と誰かに見せたくなって共有のボタンを押す。引用やリプライで自分の意見を付け足したくなるのも、この感情が引き金です。
皮肉なことに、情報を広げているのは賛同者だけではありません。激しい反論や否定の言葉さえも、結果としてはその投稿の認知を広げる燃料になっていきます。
不安は検索や比較を生みやすい
一方で、不安は誰かに言い返すよりも、まず「確かめたい」という静かな欲求を呼び起こします。
- 自分にも当てはまるのではないかと調べる
- 他の人はどう対処しているのかを覗いてみる
- 解決できそうなサービスや商品を見比べ始める
誰かに売り込まれたわけでもないのに、心に生まれた微かな陰を消したくて、自ら進んで情報を集め出す。心理的マーケティングにおいて、この自発的な検索行動こそが、市場に人が流れ込む最初の入り口になります。
恥や焦りは行動を早めることがある
「早くなんとかしなければ」という切迫感を生むのが、恥や焦りです。特に、人からどう見られているかという他人の視線が絡むテーマほど、人は判断力を失いやすくなります。
誰かに知られる前になかったことにしたい。周囲から遅れをとるのだけは避けたい。失敗を未然に防ぎたい。
そうして焦りを抱えているとき、選択肢をじっくりと比較検討する心のゆとりは残っていません。タイムリミットを告げるような言葉に触れたとき、私たちは立ち止まる前に、つい足を進めてしまいます。
自分で選んだ感覚のまま購買へ進むことがある
この一連の流れが極めて捉えにくいのは、最後の最後で行き着く決断が、どこまでも「自分の意思」だと思い込んでいる点にあります。
スマホの投稿を見て、心がモヤモヤする。気になって自ら検索をかける。いくつか並んだ選択肢を自分で見比べ、納得して手に入れる。
ここには、誰かに無理やり買わされたという感覚は1ミリも存在しません。だからこそ、その選択の出発点にあったのが自分自身の純粋な意思だったのか、それとも最初に投げ込まれた感情の波紋だったのか。そこを一度、静かに振り返ってみる余裕が必要です。
【5】広告に見えない情報が業界需要を作る
この手法の特徴は、特定の商品を直接売り込もうとしない点にあります。ある悩みや問題意識が世の中に広がることで、巡り巡って関連する市場全体の底上げにつながっていく。
ここで目を向けたいのは、「誰が仕掛けたのか」を特定することではありません。その不安が社会に馴染んだとき、いったいどの業界が得をするのか、という視点です。
特定商品を売らずに商品が売れる空気を作る
一般的な広告であれば、自社の商品名やサービス名をアピールするのが普通です。しかし、広告の気配を消した情報発信では、商品ではなく「悩みそのもの」が主役です。
特定の商品名はいっさい出さずに、ある状態の不都合さだけを強調する。対策を講じていないことが、まるで時代に取り残されているかのように見せる。あるいは、それを解決していくこと自体を、新しい「当たり前」として定着させていく。
この時点では、何かを買わされている感覚は誰の心にもありません。ただ、その悩みが自分ごとになればなるほど、人は自ら解決策を探し始めます。
【関連記事】コンテンツマーケティングの新常識|顕在層・潜在層だけでは見えない「ノーサーチ層」を動かす方法
特定の不安が市場全体の需要につながることがある
ひとつの不安が社会に共有されると、人々の関心は特定の1社だけでなく、その問題を解決できそうな業界全体へと分散していきます。
- 見た目の不安が、化粧品、美容医療、サプリメントの比較検討へとつながる
- お金の不安が、新NISA、生命保険、節約サービスの検討へと向かわせる
- キャリアの不安が、転職サイト、資格取得、オンラインスクールの検索を増やす
個別の商品を宣伝しているわけではないのに、結果として市場全体に潤いが生まれる。明確な広告主の姿が見えなくても、特定の業界にとって都合のいい流れは、こうして作られていきます。
誰が仕掛けたかより市場に都合がよいかを見る
SNSで極端な煽りや炎上を見かけると、つい「どこかの企業が裏で糸を引いているのでは」と勘ぐりたくなります。しかし、はっきりとした証拠がないまま黒幕を探しようとすると、本質を見誤ってしまいがちです。
- その投稿は、人々のどんな弱みや不安を突いているか
- その不安が広まった結果、何が必要不可欠に見えてくるか
- その空気感は、最終的にどの市場に利益をもたらすか
探るべきは陰謀論ではなく、関心の向かう先です。誰が始めたのかは分からなくても、どの業界に人が流れやすくなっているのかは、客観的に見えてきます。
仕掛けの断定ではなく利益の流れを読む
「これは誰かの仕掛けに違いない」と決めつける必要はありません。ただ、その情報によって何が「解決すべき問題」に仕立て上げられ、その先にどんな選択肢が待っているのかを、一歩引いて眺めてみる。
名前も知らない誰かのつぶやきが、結果として市場を潤す地ならしになっている。その連動性や利益のゆくえを緩やかに読むことこそが、情報に振り回されないための、ちょうどいい距離感になります。
【6】炎上投稿や煽り投稿とどう向き合うか

溢れる情報のなかで、それが正しいか間違っているかだけで判断しようとすると、かえって感情の渦に巻き込まれてしまうことがあります。情報とちょうどいい距離を保つために。生活者としても、あるいはマーケターとしても、まずは「いま、どんな感情が動かされているのか」を冷静に見つめることが、その入り口になります。
生活者は自分のどの感情が動いたかを見る
煽り投稿に触れて心がざわついたとき、その内容を真に受ける前に、自分の内側の反応を切り離してみます。
- 怒りに任せて、何か言い返したくなったのか
- 不安がよぎって、思わず検索しようとしたくなったのか
- 恥ずかしさや焦りから、一刻も早く現状を変えたくなったのか
心が動くことそれ自体は、ごく自然なことです。ただ、波立った直後の判断は、どうしても情報のペースに呑まれやすくなります。
マーケターはどの感情を動かそうとしているかを点検する
送り手の側に立つとき、つい目先の反応率やクリック率を追いかけたくなるかもしれません。けれど、その数字が読者の不安や焦りだけを燃料にして生まれているのだとしたら、それは長く信頼される施策にはなりにくいものです。
- 必要以上に不安を煽り立ててはいないか
- 恥や劣等感をいたずらに刺激していないか
- 冷静な判断材料ではなく、焦燥感だけを押しつけていないか
これはBtoCに限った話ではありません。企業の決裁者が動くBtoBの領域であっても、最終的な決定を左右するのは「この相手なら信頼できる」「一緒にいい未来が拓けそうだ」という、深い部分の感情だと言われています。だからこそ、動かした感情のその先に、何を残すのかまで見届ける視点が欠かせません。
誰の不安を刺激し、どの市場に利益が流れるかを見る
広告の気配を消した情報と向き合うとき、発信者の意図を躍起になって暴こうとするのは、あまり現実的ではありません。それよりも、その感情がどこへ向かうのか、そのベクトルを眺めてみます。
誰の、どんな不安が刺激されているのか。その結果、何がどうしても必要なものに見えてくるのか。自発的な検索の先に、どんな市場が待っているのか。
黒幕を探し出さなくても、需要が流れ着く先は静かに見えてきます。情報をただ疑うためではなく、自分の判断の手綱を握り続けるための、ひとつのアプローチです。
感情を使うマーケティングには倫理とリスクがある
人の心を動かすアプローチは強い力を持ちますが、一歩間違えれば、築き上げてきた信頼を一瞬で失う諸刃の剣です。
「あなたは確実に損をしている」といった断定的な煽りは、読み手の心に深い爪痕を残し、いずれ反発やブランドの毀損として返ってきます。伝えるならば「気づかないうちに、少し損をしているかもしれません」と、マイルドな表現にとどめる配慮があっていい。
恐怖だけを植え付けて、納得のいく解決策を示さない情報は、不信感しか生みません。感情を利用してコントロールするのではなく、読者が自ら考え、選べるだけの材料と余白を残しておく。その誠実さが、これからの情報設計を支える土台になります。
まとめ
SNSの煽り投稿や炎上を前にしたとき、私たちはつい「これは広告か、そうじゃないか」と考えたくなります。けれど、広告の気配を巧みに消したマーケティングの前では、その線引きだけでは少し足りないのかもしれません。
なぜなら、広告に見えない情報ほど、私たちは「自分で気づき、自分の意志で選んだ」と感じてしまうからです。
タイムラインを見ていて、ふとモヤモヤする。そのとき最初に動いているのは、理屈ではなく感情です。怒り、不安、恥、あるいは焦り。その揺らぎの先に、ある商品やサービスがそっと用意されているのだとしたら、需要は私たちが検索をするよりずっと前から、もう作られ始めていることになります。
だからといって、ネットのあらゆる情報に「裏の意図があるはずだ」と身構える必要はありません。黒幕を暴こうと躍起になるよりも、もう少しシンプルに、その感情のゆくえを眺めてみる。
- いま、自分のどの感情が動かされているのか
- その感情は、何を「直すべき問題」に見せているのか
- その先で待っているのは、どの市場なのか
私たちは、外から押し付けられる「広告」にはちゃんと警戒できます。けれど、自分自身の内側から湧き上がる「不安」や「恥ずかしさ」には、なかなか警戒しにくいものです。
次にスマホを開いて、何かの投稿に心がざわっとしたとき。
「あ、いま自分は焦っているな」「少し恥ずかしくなったな」と、自分の反応をワンテンポ置いて見つめてみる。それだけで、情報の波に呑まれないための、距離感が取れるようになるはずです。
よくある質問
Q. 不安訴求マーケティングとは何ですか?
人の心にある不安や恥、焦りといった感情を動かすことで、検索や比較、購入のきっかけを作る需要喚起の手法です。いきなり商品を売り込むのではなく、まず「このままで大丈夫だろうか」という問題意識を先に整える点に特徴があります。
Q. 不安訴求マーケティングとステマは同じですか?
同じではありません。ステルスマーケティング(ステマ)は「広告であることを隠して発信する」という表示上の問題です。一方で不安訴求マーケティングは、表示の形式にかかわらず、人の感情を動かして新しい需要を生み出す心理的な構造のことを指します。
Q. 炎上マーケティングはなぜ需要につながることがあるのですか?
炎上によって怒りや違和感が生まれると、反論や共有を通じて情報が一気に拡散されます。その情報に触れた人に「自分も関係あるかもしれない」という不安や恥の感情が連鎖していくと、結果として関連する商品やサービスを検索・比較する動き(需要)へつながっていきます。
Q. SNSの煽り投稿を見たときは何を確認すればよいですか?
まずは「自分のどの感情が動かされたか」を客観的に眺めてみてください。怒りなのか、不安なのか、それとも恥や焦りなのか。動いた感情の色を自分で自覚するだけで、情報に流されずに一歩引いた距離を保ちやすくなります。
Q. マーケターが不安訴求を使うときの注意点は何ですか?
読み手の心に不安だけを強く残したままにしないことです。納得のいく解決策や冷静な判断材料を示さないまま、ただ焦りだけを煽るような手法は、一時的な反応は作れても、中長期的なブランドの信頼を大きく損なうリスクがあります。
編集後記
SNSのタイムラインに流れてきた、ある投稿がずっと頭の片隅に残っていました。 いわゆる「休日イオンモールおじさん」と呼ばれる、中年男性の服装をあおる内容です。 青シャツにベージュのチノパン、ボディバッグ、スニーカー。 どこを見渡しても普通で、何一つ悪くないはずの格好が、まるで「今すぐ直すべき欠点」のように語られていました。
それを見たとき、アパレル業界の不安マーケティングなのかな、とふと思ったんです。 もちろん、本当にどこかの企業が仕掛けたものなのか、ただの個人の本音なのかは分かりません。 でも、「この空気でいちばん得をするのは誰だろう」と、つい考えてしまいました。
普通の日常が、ある日急に「恥ずかしいもの」に変身させられる。 そのときに生まれる、胸の奥が少しチクっとするような感覚。 服を買い替えなきゃ、と検索を始める前に、そのチクっとした痛みはどこから来たものなのか、一度だけ立ち止まって確かめてみる。
正解なんてないSNSの海で、それくらいの頼りない余白を持っておくのが、いまの自分にとってはちょうどいい気がしています。
参照・参考サイト
消費者庁・ステルスマーケティングに関する情報
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/stealth_marketing
消費者庁・「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の運用基準
https://www.caa.go.jp/notice/assets/representation_cms216_230328_03.pdf
東京都・ステルスマーケティング告示該当広告に措置命令
https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2025/03/2025032839
J-STAGE・ソーシャルマーケティングにおける感情訴求の有効性についての検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/acs/32/1/32_202510.002/_pdf
J-STAGE・eクチコミと消費者行動
https://www.jstage.jst.go.jp/article/acs/advpub/0/advpub_202203.002/_pdf
日本データベース学会・ニュース記事の品質が広告消費行動に与える影響の調査
https://dbsj.org/wp-content/uploads/2022/03/DBSJ_20_14_iizuka.pdf


コメント