DJはリアルタイムABテスト

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DJプレイは、曲を順番にかけるだけと思っている人もいるかもしれない。

曲をかけると、フロアは反応する。思っていたほど反応がないときもある。

そのちょっとした変化を感じながら、DJは次の一曲を選んでいく。

私は2000年代にテクノ系DJとして活動し、国内のクラブだけでなく、オーストラリアやイギリスのフェスやクラブでもプレイしてきた。

その中で感じていたのは、DJとは自分の好きな音を鳴らすだけではなく、フロアと音でやりとりしながら、その場の流れを作っていくものだということ。

自分の中には、かけたい曲がある。
伝えたい物語もある。

でも、目の前には、フロアがある。
踊っている人がいて、その場の温度がある。

そのはざまで、次の一曲を選び続ける。

この感覚は、マーケティングの言葉でいえば、ABテストに近いのかもしれない。

反応を見て、仮説を置き、次の一手を変える。

DJもマーケティングも、自分が届けたいものと、相手から返ってくる反応のあいだで、届け方を変えていく。

この記事では、DJプレイを「リアルタイムABテスト」という言葉で捉えながら、音でフロアとストーリーを作っていく感覚について書いてみたい。

曲をかけることと、価値を届けること。

そのあいだにある、似た手触りについて。

【1】DJプレイは、曲をかけるだけではない

DJとは、曲を選び、次の曲へつなぎ、フロアに音を届ける人だ。

そう言うと、とてもシンプルに聞こえる。実際、外から見れば、DJはブースの中で曲をかけているだけの人に見えると思う。特に、クラブに行ったことがない人にとっては。

でも、ブースに立っていると、曲だけを見ているわけではない。

フロアを見ている。

次の曲をかけたあと、人がどう反応するのか。テンションが少し上がるのか、下がるのか。フロアに人が集まってくるのか、離れていくのか。

そういう小さな変化を、ずっと受け取っている。

かけたい曲はある。自分の中に、進めたい流れもある。

でも、その通りに進めればいいわけでもない。目の前のフロアには、そのときの状態がある。

同じ曲でも、日によって届き方は変わる。

家で聴いていたときには琴線に触れた曲が、フロアでは違って感じることがある。逆に、何気なく持ってきた曲が、その場にすっとはまることもある。

だからDJプレイは、曲を順番に並べる作業ではない。

曲をかける。

フロアが反応する。

その反応を受け取って、次の一曲を選ぶ。

この繰り返しの中で、少しずつ場の流れができていく。

DJは、フロアを思いどおりに動かしているわけではない。むしろ、思いどおりにならないことを前提に、その場で選び続けている。

このまま進めるのか。

いったん引くのか。

その判断は、きれいに言葉で説明できるものばかりではない。踊り方や、表情や、音が鳴った瞬間の空気の変わり方を見ながら、手元の選択が少しずつ変わっていく。

DJプレイは、音でフロアとやりとりする行為だと思う。

言葉はない。

でも、音を出せば何かが返ってくる。その返ってきたものを受け取り、次の音として返す。

その往復が続いていくと、最初に考えていた流れとは少し違う場所にたどり着くことがある。

そのときにしかできなかった流れ。

だからこそ選んだ一曲。

そういうものが重なって、DJセットはただの選曲ではなくなっていく。

曲をかけているようで、場の流れを作っている。

そしてその流れは、DJひとりで作っているものではない。

【2】DJプレイはリアルタイムABテストに近い

DJプレイを、リアルタイムABテストだと思っている。

少し強い言い方かもしれない。でも、この言葉を置くと、ブースの中で起きていることが伝わりやすくなる気がしている。

ABテストとは、ざっくり言えば、複数の案を試して、反応を見ながら次の改善につなげる考え方だ。

どちらの言葉が読まれるのか。

どちらの見せ方がクリックされるのか。

どちらの流れなら、先まで進んでもらえるのか。

Webやマーケティングの現場では、そうした反応を数字で見ていく。クリック率や滞在時間、問い合わせの数などを見ながら、次に何を変えるかを考える。

もちろん、DJのフロアにクリック率は出ない。

曲をかけた瞬間に、正確な数字が返ってくるわけでもない。どの曲が何パーセント盛り上がったのかもわからない。

返ってくるのは、フロアの反応だ。

足の動き。

肩の揺れ。

前に出てくる人。

少し離れていく人。

音が鳴ったあとに、フロアの温度が少し変わる感じ。

DJは、そういう反応を見ながら、次の一曲を選んでいる。

このまま深く進めるのか。
少しわかりやすい曲を挟んで、もう一度フロアとの距離を近づけるのか。

有名な曲を入れたら、離れかけたフロアから人がもう一度戻ってくるかもしれない。

そういう小さな仮説を、その場で決めている。

そして、音を出す。

フロアが反応する。

その反応を受け取って、次の音を変える。

この往復が、DJプレイの中にはずっとある。

ただこれは、厳密にはABテストではない。DJは同じ条件でAとBを並べて比べているわけではないから。

フロアはずっと変わっている。

時間も進む。

人の気分も変わる。

さっきまで届かなかった音が、数曲あとには自然にはまることもある。逆に、さっきまで強く返ってきた反応が、急に薄くなることもある。

だから、DJプレイは正確なテストではない。

それでも、反応を見て、仮説を置き、次の一手を変えるという感覚は近い。

WebのABテストでは、結果が出るまでに時間がかかる。数日、数週間、ときには数か月かけて、数字を見ていく。

DJの場合は、それがその場で返ってくる。

曲をかける。

フロアが動く。

その反応を見て、次の一曲を選ぶ。

レポートを待つ時間はない。会議もない。目の前の反応を、その場で受け取るしかない。

だから、DJプレイはリアルタイムABテストに近いと思っている。

数字ではなく、その場の反応を受け取る。

正解を探すというより、返ってきたものを次の音に変えていく。

その速さと手触りが、DJプレイにはある。

【3】DJセットは、ひとつの物語

DJプレイをリアルタイムABテストに近いと言うと、一曲ごとの反応だけを見ているように聞こえるかもしれない。

でも、実際にはそうではない。

もちろん、曲ごとの反応は見る。

この曲でフロアが盛り上がったのか。少し空気が落ち着いたのか。思ったよりも届かなかったのか。

そういう反応は、次の一曲を選ぶ手がかりになる。

ただ、DJセットは一曲ずつの足し算ではない。

盛り上がる曲を並べれば、良いセットになるわけでもない。反応が取れる曲だけを続ければ、フロアが深い世界に入っていくわけでもない。

そこには、流れがある。

入り口があり、少しずつ温度が変わり、深く沈む時間があり、ふっと開ける瞬間がある。

同じ曲でも、どこに置くかで意味が変わる。

早すぎると届かないことがある。遅すぎると、もうその熱が残っていないこともある。

前の曲があるから、次の曲が強く響く。

少し抑えた時間があるから、そのあとに入る曲がより生きる。

派手ではない曲が、次の展開のために必要になることもある。

DJセットを作るとき、頭の中にはなんとなく進めたい流れがある。

今日はどんな入り方をするのか。

どこまで深く入るのか。

どのあたりで少し開くのか。

最後に、どんな余韻を残すのか。

もちろん、その通りに進むとは限らない。むしろ、その通りに進まないことのほうがほとんど。

それでも、自分の中に流れがないまま曲をかけていると、セットはどこにも向かわなくなる。

一曲ごとの反応を見ながらも、もっと長い時間の流れを感じている。

今かけている曲は、今だけのためにあるわけではない。

前の曲から続いていて、次の曲へつながっていく。

このまま進めるのか。

少し方向を変えるのか。

もう少し待つのか。

ここで一段上げるのか。

その判断の積み重ねで、DJセットの時間は少しずつ変わっていく。

だから、DJプレイはその場の反応だけでできているわけではない。

反応を受け取りながらも、自分の中にある流れを手放さない。

一曲ごとの手応えと、セット全体の流れ。

その両方を行き来しながら、次の一曲を選んでいる。

DJセットは、ただ曲をつなぐものではない。

ひとつの物語を紡いでいくものだと思う。

【4】その物語は、フロアと一緒に作っていく

DJセットには、自分の中に進めたい流れがある。

でも、その物語はDJひとりで作るものではない。

ブースに立つ前は、なんとなく考えている。

今日はこのあたりから入ろう。

途中で少し深く潜ろう。

どこかで空気を開きたい。

最後はこのくらいの温度で終わりたい。

そんな流れを持ってフロアに向かう。

でも、音を出した瞬間から、その流れは少しずつ変わっていく。

思っていたより早く、フロアが盛り上がって人が集まってくることがある。

まだ深く入れるつもりではなかったのに、身体の反応が返ってきて、もう一段踏み込める気がすることがある。

逆に、今日はここまで入れると思っていた音が、うまく届かないこともある。

そのまま押し切っても、フロアから人が離れていってしまう。

そういうときは、少し引く。

キャッチーで、みんな知ってる曲を挟む。

そうしてもう一度、フロアとの距離を測り直す。

それは、自分の流れを捨てることではない。

目の前にいる人が受け取れる場所まで、音の置き方を変えているだけだと思う。

DJは、フロアを操作しているわけではない。

思いどおりに動かそうとしても、たいていうまくいかない。

むしろ、返ってくるものに何度も動かされている。

フロアの熱が強く返ってくると、選べる曲が変わる。

普段なら少しためらう曲にも手が伸びる。

もう少し地味な曲でもいける気がする。

少し長い展開でも、踊り続けてもらえるんじゃないかと思える。

踊っている人のエネルギーが、次の一曲を選ばせてくれることがある。

反対に、フロアの反応が薄いときは、手元の選択も変わる。

このまま進めたい気持ちはあっても、少し変える。

音の入口を広げる。

もう一度、その物語に入ってこられる場所を探す。

その繰り返しの中で、最初に考えていた流れとは違うストーリーになっていく。

同じ曲をかけても、いつも同じにはならない。

同じクラブでも、同じ時間帯でも、そこにいる人が違えば、音の届き方は変わる。

その日の疲れ方がある。

その日の気分がある。

フロアの密度がある。

音を受け取る準備ができている時間もあれば、まだ少し早い時間もある。

だから、DJセットは録音だけでは残りきらない。

あとから聴き返せば、曲の流れはわかる。

どこで上げたのか。

どこで引いたのか。

どんな曲を選んだのか。

でも、その瞬間に返ってきたフロアの反応や、自分の中に残った思い出までは、全部残らない。

あの曲をかけたときに、空気が少し変わったこと。

思っていたよりも強く反応が返ってきて、次の一曲を変えたこと。

予定していなかった方向へ、気づいたら進んでいたこと。

そういうものは、その場にいた人たちのあいだでしか起きない。

DJセットは、完成した物語をフロアに渡すものではない。

未完成の流れを持ってブースに立ち、フロアから返ってくるものを受け取りながら、その夜の物語を一緒に作りあげていく。

だから、同じセットは二度とできない。

そこが少し怖くて、面白い。

【5】好きな曲だけでも、有名な曲だけでも足りない

DJをしていると、自分の好きな曲をかけたい気持ちはずっとある。

この曲をかけたい。

この流れを見せたい。

この曲が持っている感じを、フロアで鳴らしてみたい。

そういう気持ちがなければ、そもそもブースに立つ意味が薄くなってしまう。

でも、好きな曲だけでは進まない。

家で聴いていたときにはすごくよかった曲でも、フロアでは思ったように響かないことがある。

自分の中では完璧な流れでも、目の前の人たちにはまだ早いことがある。

そのまま押し切ると、少しずつ距離が開いていく。

音は鳴っている。

でも、返ってくるものが薄くなる。

そういう瞬間がある。

好きだからかける。

それは悪いことではない。むしろ、そこがないとDJの音は弱くなると思う。

ただ、好きな気持ちだけで押し通すと、フロアとのやりとりが切れてしまうことがある。

自分の中では正しい。

でも、届いていない。

その感覚は、少し苦い。

反対に、有名な曲やキャッチーな曲だけをかけることもできる。

かけた瞬間に、フロアが反応しやすい曲。

そういう曲には、たしかな力がある。

離れかけたフロアが戻ってくることもあるし、少し硬かった空気がほどけることもある。

何度も助けられてきた。

でも、有名な曲やキャッチーな曲の力だけを頼りにしていると、自分が何を鳴らしたかったのかが少しずつ薄くなっていく。

フロアは盛り上がっている。

でも、自分のセットとしては何かが残らない。

そういう日もある。

好きな曲だけでは、自己満足に寄りすぎることがある。

有名な曲だけでは、わかりやすさに寄りすぎることがある。

そのどちらも、たぶんDJプレイの全部ではない。

自分の中には、かけたい曲がある。

進めたい流れがある。

でも、目の前にはフロアがある。

踊っている人がいて、その日の気分があり、受け取れるタイミングがある。

だから、DJはそのあいだで選曲している。

自分の好きな音をどこまで出すのか。

フロアにどこまで寄せるのか。

ここは押すのか、それとも引くのか。

その判断は、毎回変わる。

好きな曲への反応がよければ、その方向をもう少し掘れる。

少し地味な曲にも手が伸びる。

長い展開にも入っていける。

フロアがついてきてくれると、自分の好きな音をより深く出せることがある。

反対に、反応が弱ければ、少し入口を広げる。

キャッチーな曲を挟む。

みんなが知っている曲をかける。

もう一度、フロアとの距離を測り直す。

それは、自分を曲げることではない。

自分の音を、もう一度受け取ってもらうための準備でもある。

DJの面白さは、好きな曲をかけることだけではない。

かといって、有名な曲を並べることでもない。

自分の主観と、フロアから返ってくる反応。

そのあいだで迷いながら、次の一曲を選び続ける。

その迷いがあるから、DJセットはその場だけのものになっていく。

その繰り返しの中で、その日の選曲になっていく。

【6】そのバランスに、DJのアイデンティティーが出る

好きな曲と、有名な曲。

そのどちらを、どれくらい入れるのか。

そこに、DJの個性が出ると思っている。

好きな曲だけで押し切れば、自分の世界は強く出る。けれど、目の前のフロアと離れてしまうことがある。

有名な曲を多く入れれば、フロアとの距離は近づきやすい。けれど、そればかりになると、自分が何を鳴らしたかったのかが薄くなっていく。

この配分は、ただの選曲テクニックではない。

そのDJが、どんなフロアを作りたいのか。

どこまで自分の音を信じるのか。

どこで目の前の人たちに入口を作るのか。

そういう考え方が、そのまま出る。

今いるフロアに合わせて曲を変えるのか。

それとも、自分のかけたい音に反応するフロアを作っていくのか。

たぶん、どちらか一方だけではない。

でも、その揺れ方に、その人のDJとしてのアイデンティティーがある。

マーケティングでも、似たことをよく考える。

いま反応してくれている人たちに寄せて、サービスや製品を変えるのか。

それとも、その製品が本来届けたいターゲット層を集めにいくのか。

反応があるほうへ寄せれば、数字は動きやすい。

けれど、寄せすぎると、自分たちが何を作っていたのかが少しずつ変わっていく。

反対に、自分たちの届けたい価値だけを強く持っていても、それを受け取ってくれる人がいなければ、届かないまま終わってしまう。

だから、ABテストはただ数字の良い案を選ぶためだけのものではないと思っている。

どこまで相手に寄せるのか。

どこから先は、自分たちの価値として残すのか。

ABテストは、その境目を考えるきっかけにもなる。

DJも同じだ。

好きな曲と、有名な曲のあいだ。

自分の音と、フロアの反応のあいだ。

その配分をどう取るかに、その人らしさが出る。

有名な曲をかけることが悪いわけではない。

好きな曲を押し通すことだけが正しいわけでもない。

どちらを、どのタイミングで、どれくらい置くのか。

そこに、そのDJが何を信じているのかがにじむ。

選曲は、曲を選んでいるようで、実は自分の立ち位置を選んでいる。

その感覚は、DJでもマーケティングでも、今も頭の中に残っている。

【7】DJプレイは音のコミュニケーションである

DJプレイは、音でのコミュニケーションだと思っている。

言葉を交わすわけではない。

でも、音を出せば、フロアから何かが返ってくる。

それは、踊っている人とのエネルギーの交換でもある。

DJが音を出す。

踊っている人の身体が反応する。

その熱が、またブースに返ってくる。

その返ってきたものを受け取りながら、DJは次の一曲を選んでいく。

そうやって進んでいくDJセットは、ひとつの物語でもある。

ただし、それはDJが一人で書いた物語ではない。

自分の中には、進めたい流れがある。

かけたい曲がある。

最後にたどり着きたい場所のようなものもある。

でも、その物語は、フロアに音を出した瞬間から変わり始める。

踊っている人がいる。

その日の気分がある。

思っていたより強く返ってくる反応がある。

逆に、まだ届かない音もある。

そのたびに、次の一曲が少し変わる。

だから、DJセットは毎回同じ物語にはならない。

同じ曲を持っていっても。

同じ場所でかけても。

同じような時間帯にブースに立っても。

そこにいる人が違えば、返ってくるものが違う。

返ってくるものが違えば、選ぶ曲も変わる。

選ぶ曲が変われば、たどり着く場所も少し変わる。

その日だけの流れがある。

そのフロアだったから選んだ一曲がある。

その反応があったから進めた展開がある。

あとから録音を聴き返しても、全部は戻ってこない。

曲順はわかる。

どこで上げたのかもわかる。

でも、そのときにフロアから返ってきたものや、自分の中に残った思い出までは、全部残らない。

そこにいた人たちと、その時間にだけ作った物語がある。

それがあるから、DJはやめられない。

思いどおりにはならない。

用意した通りにも進まない。

自分のかけたい曲の、ほんの一部しか出せない日もある。

それでも、その場でしか生まれない流れがある。

DJとフロアが音でやりとりしながら、一緒に作っていく物語がある。

毎回、同じにはならない。

そこが、ずっと面白い。

【8】マーケティングも、相手の反応を読む仕事である

DJの話をしていると、フロアという言葉がずっと出てくる。

音を出す。

踊っている人が反応する。

その反応を受け取って、次の一曲を選ぶ。

この流れは、マーケティングの仕事にも近いと思っている。

マーケティングでは、目の前に踊っている人はいない。

身体の揺れも見えない。

音を出した瞬間に、空気が変わるわけでもない。

でも、反応は返ってくる。

アクセス数。

クリック率。

滞在時間。

問い合わせの数。

読まれたページ。

読まれなかった言葉。

途中で閉じられた画面。

そういう数字や行動の跡として、相手の反応が残っている。

数字だけを見ると、少し冷たく感じることがある。

けれど、その向こうには人がいる。

何かを探していた人がいる。

少し気になってクリックした人がいる。

思っていたものと違って、すぐに離れた人もいる。

マーケティングは、その反応を読みながら、届け方を変えていく仕事でもある。

自分たちには、届けたい価値がある。

伝えたいことがある。

こう受け取ってほしい、という思いもある。

でも、それを自分たちの言葉のまま置いても、届くとは限らない。

相手には、相手の状態がある。

まだ詳しく知りたい段階ではないかもしれない。

もっと手前の言葉を探しているのかもしれない。

こちらが強く言いたいことより、別の入口を求めていることもある。

だから、言葉を変える。

順番を変える。

入口を変える。

どこまで伝えるかを変える。

それは、価値を薄めることとは違う。

相手が受け取れる形を探しているのだと思う。

DJが有名な曲を挟むことが、自分の音を捨てることではないように。

マーケティングで言葉を変えることも、自分たちの価値を捨てることではない。

もう一度、届く場所を探している。

ただ、相手の反応だけを追いかければいいわけでもない。

クリックされやすい言葉はある。

反応が取れやすい見せ方もある。

でも、それだけを選び続けると、自分たちが何を届けたかったのかが薄くなることがある。

数字は動いている。

でも、残したかったものが残っていない。

そういうことも起きる。

DJでいえば、有名な曲だけを並べている状態に近い。

フロアは反応している。

でも、自分のセットとしては何かが残らない。

マーケティングでも同じように、反応と価値のあいだで考え続ける必要がある。

相手に寄せる。

でも、寄せすぎない。

自分たちの価値を出す。

でも、届かない形で押し切らない。

そのあいだで、届け方を変えていく。

ABテストは、そのためのひとつの方法だと思っている。

ただ勝った案を選ぶためだけではない。

なぜ反応があったのか。

何が届かなかったのか。

どこで相手との距離ができたのか。

その返事を受け取りながら、次の見せ方を考える。

DJは、その返事を身体で受け取っていた。

マーケティングでは、数字や行動の跡として受け取っている。

返ってくる速さも、形も違う。

でも、自分が届けたいものと、相手から返ってくる反応のあいだで、次の一手を変えていく感覚は近い。

だから、今でもWebの数字を見ているときに、どこかでフロアを見ている感覚がある。

画面の向こうにいる人の反応を、静かに聞いている。

まとめ|DJとマーケティングのあいだにあるもの

DJプレイは、曲を順番にかけるだけの行為ではない。

自分の中には、かけたい曲がある。進めたい流れがある。作りたい物語がある。

でも、目の前にはフロアがある。

踊っている人がいて、その日の気分があり、返ってくる反応がある。

DJは、そのあいだで次の一曲を選び続けている。

好きな曲だけでも足りない。

有名な曲だけでも足りない。

そのバランスに、DJの個性やアイデンティティーが出る。

そして、その感覚はマーケティングにも近いと思っている。

自分たちが届けたい価値がある。

でも、それを受け取る相手がいる。

言葉を出せば、何かしらの反応が返ってくる。

その反応を受け取りながら、次の届け方を考えていく。

相手の反応を見ながら、どこまで寄せるのか。

どこから先は、自分たちの価値として残すのか。

その境目を探し続けるところに、DJとマーケティングの共通点がある。

DJをしていた時間と、マーケティングに向き合ってきた時間。

その両方があったから、この感覚にたどり着いたのだと思う。

音を出すことと、価値を届けること。
一見違うようで、そこには同じ手触りがある。

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